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南イタリア 「車と船」

イタリアといえばFIATと縦列駐車・・・・はいかにも単純発想か!
うろうろ出来ないので、単一的な捉え方だなぁと認識はしている。
11年ぶりに見た街で、狭い道路でもRV車は走っているし、可愛いFIATも流行のデザインがある。

名物縦列駐車

そのためか?バンパーがゴムみたいにやや柔らかい素材の車があった

SUZUKIがんばる。ジムニー似?

SAMURAIのロゴがついていた。どこの国の車だろう?

TOYOTAやHONDA車が少ないのは変わりないが、HYUNDAI車(韓国製)が目立っていたように思う。

余談:
ホテルのテレビはSUMSUNG(韓国製)が多かった。

パレルモの街を走る観光バス。重厚なバロック建築とのミスマッチが素晴らしい

パトカーと女性警官。”ハーイ”ののりでカッコよくなごやかに観光客を見ていた。

いつも見かけるガソリンスタンドの6本足犬の社名ロゴ
コンセプトは4本足より『もっと早く走れるよ!』らしい

シチリア島からブーツのつま先への移動は、メッシーナ港からフェリーで。
船上から

船底には、2台の自転車搭載乗用車も出航をまっている

どこの街でもバイクと自転車は多かった

この航路には珍しい輸送方法がある。
鉄道駅から列車ごとフェリーに積んで運搬するシステムだ。
該当する列車はごく限られているので、うまく乗船する機会は旅人には滅多にない。
11年前、フィレンツェからの夜行列車でシチリア島入りした時も残念無念だった。
船底の列車を見学した記憶がある。

余談
世界にはこのシステムが3ケ所あると以前聞いたことがあるが、わかったのはこことドイツ・ハンブルクからフェーマルン島を経由し、デンマークへ抜けるフェリーで体験できるという。
いつか列車で海峡を渡ってみたいものだ

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南イタリア 遺跡「古代ローマの別荘」

アグリジェントの「神殿の谷」からシチリア島の東南シラクサへ向う日。
途中の内陸部にある地、ピアッツァ・アルメリーナ(モザイクの町)に立ち寄る。
そこには富豪の「古代ローマの別荘」が発掘・保存されている。

40室の部屋や床暖房を備えた浴場が備わっていたと言う

接客室や食事室の床を飾ったモザイク画(色の石を小さく砕いて貼り付ける手法)のあれこれを見学
モザイクは地元の石だけではなく、ギリシャやアフリカからも運ばれたという。

エンジ色が特に鮮やか

腕に掛けたマント風のストライプが斬新だと思う

ビキニ姿の女性が10人描かれた絵(10人の娘の間という)を剥ぐと、下にもモザイク画のあることが発見された(左上隅)
3~4世紀頃の館とされるが、なんとまぁモダンな絵心であることよ
ダンベルを持つ、ビーチボール?で遊ぶ、薄絹?のリアルティ・・・・
お見事!

小声で案内された、現在修復中のモザイク画

インドやイスラム圏のモザイクもすごいが、いやはや
想像するだに搾取の臭いも紛々ではある。

こちらは・・・かわいくお見事

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南イタリア 遺跡「神殿の谷」

シチリア島は地中海の要衝だったため、さまざまな文化をないまぜに林立している。

アラブ、ビザンチン、ノルマン、ギリシャ、ローマ帝国の繁栄と世界史をぐるぐる
思い出すが、あれやこれや盛りだくさん。
ガイドの女性はローマ在住の日本人。すらすら年代や遺跡群の説明をする。
仕事だから当然だけど、聞いているほうはそうそう覚えていない。

アグリジェントにある古代ギリシャの「神殿の谷」遺跡群
画像以外にもっとたくさんある。
ギリシャ人はなんでまぁこんなにたくさんの神殿を造ったのだろう?
建造にかかわる人員を想像するに、すでにかなりの人口がいたのだろう。

神殿を囲う壁の崩れた間から遠く地中海が見える

テレビなど映像で見る機会の多いコンコルディア神殿

駐車場から一番近くに見える8本の円柱。最古で紀元前520年くらい建造とされているが、
復元されたものとガイドブックには書いてある

樹齢1000年かといわれるアーモンドの樹(屋久杉に樹齢1000年があるから驚かないが)

遺跡級の巨大サボテン(赤い美はイチジクのような味がするそうです)
サボテンは今後あちらこちらで見かける

神殿の谷・・・確かに。遠くの丘上には脈々と続く人々の生活がある

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南イタリアへ


シチリア島の東部タオルミナの丘のギリシャ劇場から見えた、雪を被る活火山エトナ山

右の山は、うふっ信濃富士・有明山に似ているではないか!

10月26日~11月6日の旅行は、こんなコースだった

ヘルシンキ経由でローマから一気にシチリア島パレルモへ、2泊
専用バスでアグリジェントの「遺跡の谷」からシラクサへ、1泊
専用バスでタオルミナへ、2泊
メッシーナからフェリーでシチリア島を離れ、専用バスで長靴のかかとアルベロベッロへ、2泊
さて、ここからはバスと列車でトスカーナ地方のアレッツォへ移動し、農家ペンションにて3泊。


ここでは美味しい、そう”べっぴんイタリアン懐石料理”を頂き、オリーブの収穫を体験した
私が宿泊したのは別タイプの建物

標高650メートルくらいの民宿は、我が家と同じ環境。後ろは広い平野で遠くの山はなだらか

1998年にも、ひと回り若い友人とシチリア島~アルベロベッロへ個人旅行をしている。
今回の旅は一味違う17名の手配旅行。
企画者の方も含め年配者ばかりだが、旅慣れたメンバーに我ら夫婦は初めての参加組。

日程順ではなく、カテゴリ別にのんびりと旅をふりかえろうと思う

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安曇野はすっかり秋です


———-自宅へ続く道———-

外気温は午前6時で3~4度、日中は16~18度

まずまずの平年通りです


無事にイタリア旅行から帰宅し、眠い目をこすりながら早速畑の野菜を点検した。

■冬野菜 主なきとて 背伸びかな

大根はまだまだ細いながらも白い首を伸ばし
ブロッコリーはムクムクと丸くなり5個とも健全のようだ
キャベツはあと一息巻くと完成だ
ネギは鍋には不足だが、味噌汁なら十分の太さに
ホウレン草は間引が悪くて草ぼうぼう。しかし柔らかいのでサラダに

種を撒いたタマネギの苗は、さっぱり出ない。やむなく苗を購入し植え付け準備をしなければ。
イチゴはちゃんと根付いていた
びっくりしたのは、遅く植えつけた白菜が結球するつもりの様子であること。
楽しみだ

イチゴは最後の10粒ほど
ピーマンもとうとう終った
ナスも最後の3個

カメラを忘れて画像なしのつもりだったが、ちょっとボケ気味の、収穫物

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亡妹と旅する

畑の秋冬野菜が順調だから・・・・

大根は虫食いに遭いながらも順調で、白い肌なんぞ出してます

ほとんど虫の餌になった白菜と、にんにくの芽

防虫ネットに同居のキャベツとブロッコリー
青虫を見つけたキャベツ1個を引き抜き、初収穫とした。甘い

イチゴの次郎ちゃん三郎ちゃんの約100個を定植完了
好天に恵まれミニトマトが復活しているが、霜がおり始めたのでもう終わりだろう

ほうれん草もネギも健在なり
おっと、ひょうたんは色が鈍くなったものの、めっちゃ軽くなり乾燥は完了している。次は磨きと加工だ。

・・・・さぁてこれで心おきなく、しばらく安曇野を離れられる

妹は可愛がっていた犬を亡くし、喪失感は大きかったと言う。
しばらくしてそれが直接の原因ではないと思うが、59歳の若さで妹も亡くなった。
3年前の6月のこと

「仕事を離れたら、二人でゆっくりイタリアへ行こう」の約束が果たせなかったのは、
宿題を忘れているような日々だった

縁あってゆっくりのんびりのツアーに誘っていただいたので、彼女とわんこの写真とともに南イタリア観光へ行きます。

最後の滞在地トスカーナ地方(中部)が例年より早く冷えてきたと連絡がはいった。
緯度からいえば、北海道と同じくらいの気温だろう、つまり安曇野の”今朝の外気温”を準備すればいいんだ。
午前6時8℃

東京・上野の森美術館で開催中の「チベット展」を見て、友人にも逢って、それから飛行機に乗って~~~~
11月8日頃まで、蔵くら日記は留守となります。

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理解できない


松本駅からあがたの森へつづくメイン通りの散髪屋さん

最近のおしゃれな理・美容院はそれとわからない

さて表題

八ツ場ダム。
長い間の経緯を知らなくてあれこれ言えないけど、
どうしても理解できないことがある。

5十数年もかかって、まだ出来ないダムってなんなんだろう?
約2千億円も出資した6都県は、遅々として動かないように見える現場に、
今まで何度視察し督促したのだろう?

わずか庶民の家でも当初予算より資金は必ずオーバーする。
この先続けて結局お金はどれくらいかかるのか!
よくよく見つめると、うごめく妖怪が笑みを浮かべて棲んでいるような気がする。

素朴な疑問に答えて欲しいのは私だけではなく、振り回された住民であり税金を供出した都・県民ではないだろうか?

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いよいよ秋

安曇野の風物詩
17日の朝、テレビニュースでコハクチョウ2羽の初飛来を報じた。
撮影に行けそうにないので、画面で調達したが——-ちょっと心苦しい。

ヤレヤレ到着した・・・と安堵顔
お疲れさん

近所の紅葉グラデーション

我が家のきのこは、今年は不作。
それでも玄関前のじゃり通路にニョキニョキ。

例年のジコボウだ。
人影にぴったりはまった

煮込みうどんじゃ、味噌汁だ・・・と採集に出る
一番身近な秋

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遅ればせの日本百名山

中高年登山を支えるといってもいいくらい人気の「百名山」
石川県出身の深田久弥が、あまたの山を登り尽くした中から百座を選び著したのが「日本百名山」
1964年、新潮社発行。

図書館で借りた本は新装版 1991年発行 定価3000円 427ページ 重量680グラム

あの山行ったこの山登ったではなく、観察眼と文章表現がまことに詩情溢れる。

今さら百座を登れないが、一度目を通しておきたかった。
深田久弥の選定の条件は3点。(後記から抜粋)

品格があること。ひとにあるように、山格があること
山には歴史があり、昔から人間と深いかかわりを持っていること
個性がある。他になく、その山だけがそなえている独自の個性を持っていること。

時代が降り格段にアクセスが充実し、山小屋の増加が中高年登山に拍車をかけたと想像できる。

私の中に百名山の思い出は少ない。
大阪にいた頃、あるスポーツ店にあった特大ポスターは雨飾山。
当時山には全く馴染みはなかったが、とにかく目が釘付けになった記憶がある。

過日寄った小谷方面の産直品販売兼食堂の壁に、同じポスターが貼ってあった。
懐かしかっただけでなく、
「そこに写っている山女は私」というお店の人の話に、当然盛り上がった。

来年の目標は安曇野からも見える白馬三山と、雨飾山を登りたい・・・

余談
山梨県の茅ノ岳は深田久弥終焉の地だ。
百名山には登場しない。

機会があれば登ってみたい。