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焼額山

今朝はやや冷えた。午前6時の外気温16℃。西北の室内が20℃。朝日が差し込むリビングでも23℃。
まぁ、日中は30度ちかくまで上がるだろうけど・・・・

北信州の志賀高原にある山で「やけびたいやま」と読む。
読み方がわからないので、確認するため15日(土)奥志賀高原に入る手前で寄り道。

スキーやスノボーを楽しむ人にはお馴染みらしい。
プリンスホテル西館のフロントで、ゴンドラの割引券を頂き、第1ゴンドラ乗り場へ。

大人往復1300円が1000円に。プリンスの太っ腹。
下山は歩きたかったが奥志賀高原のコンサートが気になるので、往復ゴンドラ乗籠?とした。

9分で頂上へ。標高2009メートル・・・・今年は何年?

花の見ごろは終っているせいか人はまばら


ご褒美は稚児池の水面

晴天なら北アルプスが見えるという

終戦記念日の午後12時。平和のありがたさをかみしめながら、姨捨サービスエリアの”どら弁”をいただいた
姨捨山の『田毎の月』をイメージした評判のお弁当。
栗おこわ、山菜おこわ、信州サーモン味噌漬焼き、松代地鶏の照り焼き、信州エリンギフライ、野沢菜漬
杏のシロップ漬ほか全12品目(のピンボケ弁当)・・・おしながきから転載

 
デジカメの電池が切れて携帯カメラで応急処置

お茶を持って出るのを忘れて、不本意ながら山裾のホテル内自動販売機にて調達。

おまけ
今年はシラビソの球果が大豊作。ゴンドラのガラス越しではうまく撮影できず、下車後、案内看板写真を拝借。

これもピンボケ球果(ふくろうが止まっているのではない)

写真はピンボケでも車の運転はピントばっちりで、無事奥志賀高原に到着した。

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森の音楽会

初めて訪れた北信州の奥志賀高原。
CO2がどうだこうだと言いながら、1000円の魅力に乗っかった奥志賀行き。

煩雑な看板や広告類、自動販売機がなくスッキリしたエリアである。
周辺ペンションやカフェの標識は同じデザインに統一し、下部にオリジナル書体で施設名が表記してある。

音楽堂を持つ奥志賀高原ホテル正面

サイトウ・キネン・フェスティバルのプログラムに「若い人のための『サイトウキネン室内楽勉強会』」がある。
小澤さんが力をいれている若い人の音楽教育のひとつ。
音楽を学ぶ学生から選出した若手音楽家を、奥志賀高原で指導する合宿である。

その成果の演奏会が「森の音楽堂」であり、15日の夕方に鑑賞した。

前半は声楽とピアノ。後半は弦楽オーケストラ。
自由席のみだから、早くから観客が並ぶ
弦楽に興味があったので「チャイコフスキー:弦楽セレナーデハ長調」を楽しみに、背後の席を選んだ。
つまり小澤征爾さんの指揮を5~6メートル正面から眺めようという算段である。

迫力満点。小澤さんのブレスが聞こえ、額の汗まで見える。
ヴァイオリン11人、ヴィオラ5人、チェロ5人、コントラバス1人の陣容。

音響がよいとされるホール内の天井。
収容人員400人だそうだが、300人でゆったりがよいだろうけど、経費との兼ね合いもあることだし。

第3楽章が始まってまもなく、チェリストの一人の頭がぐらっと揺れた。
ついでチェロを抱えたままゆっくりと右へ傾き、床に倒れた。左手の指は弦を押さえていたそのままの形で動かなくなった。

コントラバスの音色がとてもよかったのと、大きなホールでは単独に聞き分けるチャンスはあまりないのでじ~っと見ていた。その手前の視線上に飛び込んできたものだから、驚いた。

室内は暑かった。一瞬酸欠かと思った。

標高1600メートルくらいの高原なので冷房は要らない。周りのガラス戸は開放され網がかかっていた。

休憩タイムにそばを通った折、近くの席の人々が寒いと言ってガラス戸を閉めていた。

チェリストは緊張と暑さのため、また数日間の合宿練習の過労もあったのかもしれない。
緊急休憩のあとガラス戸を開放し、第3楽章第4楽章を終えた。素晴らしい演奏に何度も呼び出された若者達に惜しみない拍手が送られたが、仲間のトラブルにショックもあったろう、疲れただろう。早く終ってあげればいいのに・・・

サイトウ・キネン・フェスティバル松本での本番発表会は、18日午後7時から「あがたの森文化会館講堂」で始まる。

結局疲労と過呼吸が原因のようだ、と報告された。
このトラブルが彼女の将来に暗い影とならないことを切に祈るのみ・・・

チケットは、奥志賀高原ホテルとその周辺ホテル・ペンションにて

 滞在とセットで購入する仕組みである
地元の宿泊施設やボランティアは小澤さんを”先生”と親しみを込めて応援している。

ケチ蔵はとても奥志賀高原ホテルには泊まれない。周辺「プチホテルEpi」へ。
午後9時過ぎ、広い部屋で気持ちよく眠りについた—–

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息を呑む


安曇野の北、麻績から東へ抜ける山中にて。
光を集める樹木は? ポプラだったら嬉しいのに

息を呑むほどの風景というのは・・・・

花はダンコウバイかな?

水際とさざなみ

小さなダム湖だが、人の手がはいることを拒否した超自然体

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あんずの花


善光寺へ行ったついでに千曲市森にあるあんずの里へ足をのばした
「ひと目百万本」といわれるらしい。たしかに小高い展望台から眺めると・・・・

山並みの左奥に北アルプスが見えてた

農家の高齢化にともない、りんごでもあんずでも実を採るのに都合よく低木に剪定されている。

山手に向かい散策していると、在来種の古木が何本かあり、その美しさに惚れ惚れする。
この木は樹齢250年、平成9年当時の更埴市から指定された保存樹木だ

ランダムに自由きままに咲く古木あんずの花

クマ注意!
ひょっとしてこれは盗難防止策?いやいや素直に注意喚起としよう

余談1
今春パキスタン北部の桃源郷・フンザの超自然あんずの木々を見に行きたかったが、治安に心配があり断念。
いつの日か機会がめぐってくれば・・・・きっと

余談2
親戚の娘っこの初来宅を記念して、あんず「幸福丸」を地元農家の挿し木で購入。
500円でいいという。
実は期待しないから花だけでもうまく咲きますように・・・・

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善光寺へ


善光寺本堂北側をバックに七分咲きのしだれ桜

「遠くとも一度は詣れ善光寺」 安曇野から近いので、七年に一度の「御開帳」善光寺を参詣す。

善光寺山門へ続く大通りは、祝賀ムードいっぱい

善光寺郵便局でも記念切手を販売していたのかな?

善光寺は昔から宗派を問わず、男女を分かたず参詣できたことが人気の秘密だという。
私は加えて「善光寺」のこの文字が好きだ。善の羊扁のちょんちょんは鳥(鳩に見えるけど)のマーク

秘仏公開が七年に一度というのがいかにも霊験あらたかな気持ちにさせるようだ。でもその秘仏は代々の住職も見たことがないという善光寺独特の一光三尊阿弥陀如来
では何を拝むのか?
身代わりそっくりさんの「善光寺前立本尊(まえだちほんぞん)」です。
本堂奥深くにご開帳されたその仏像とお柱を結び、お柱(回向柱)に触れることが、前立本尊に触れるのと同じ巧徳を得るという。

回向柱は伝統的に長野市松代の山から切り出される


なんだかまどろっこしい気もするが、秘密に弱い人間の性質のなせる・・・余計なことはいうまい。
いつかいいことあるだろう。
午前8時半に到着した頃はすいていたが、帰る頃は大盛況だった。

お参りと
御印文頂戴(本尊の分身とも言われる宝印を頭に押してもらうと極楽往生のご利益が得られる)
を経験した。長生きを望まないけど適宜安楽に・・・・どうぞよろしく

余談
善光寺は特定の宗派をうたっていないが、「天台宗」と「浄土宗」が支援している。
隣の長野県信濃博物館にて開催中の「“いのり”のかたち―善光寺信仰展」とのカップリング道中でした。
長野県信濃博物館の館長は、安曇野ちひろ美術館館館長・松本 猛氏。

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黒壁スクエア


松本市の旧開智学校を思わせる建物。明治の新進建築だったのだろう。
「KAICHI GAKKO」と読める

大阪の友人と米原で待ち合わせて滋賀県長浜市へ行ったのは2月下旬。
関西も信州も暖かい2日間だった

もう20年になるというのに知らなかったので、まずは黒壁スクエア設立の歴史から.
ガラス工芸館が中心の”町おこし”優等生なのだろう。平日にかかわらず結構人が動いていた。

まず目についたのが「KAICHI GAKKO」
1階はビアレストラン2nd BOOZE
2階は古い建築用具などの展示
3階はセミナールーム
4階が櫓
この建築様式は明治時代の進取の風潮『智ヲ開ク』からつけられたという。
松本・旧開智学校は国の重要文化財として管理されており、
長浜・開知学校は2年前に開店した1階のビアレストランが上階の管理を託されているという。
明治の建築物を美しく画像保存しているブログ散歩の変人・学校を拝借。

黒壁スクエアではガラスを扱う店が多いが、あまり覗かなかった。

我々の注目店は・・・
昼食は、「茂美志や」のっぺいうどん(具だくさんあんかけうどんと想像して)。
特大しいたけが自慢の100年営業の老舗です。そして焼鯖すし2個。
いずれも忘れられない絶品です。焼鯖すしは店頭販売もあり持ち帰り可

納安(なやす)のゴブラン焼き・・・丸いひとくちカステラのようなお饅頭
小さくて美味しいのでいくつでもお腹に入る。つぶあん、リンゴあんほか。
名前の由来は「昔ゴブラン織の製品を扱っていたから」

 これはブルーベリーとカスタード
翌日は定休日だが、寄ってみると観光バスが着くからと臨時営業していた。お商売熱心だから街も繁栄する

はかり売りもする油屋さんは奥の家屋。ポン酢とごま油が有名で、来店者も多かった。古い道具が展示保管されている。
女将さんの対応が懐かしい”お母さん”の印象だった。

 
右は手作りオーデコロンの羽淵商店

女性オーナーの話では、町衆から仕掛けた町起しで長浜は昔から自主独立の精神が強い土地柄だそうだ。

紙屋さんの看板は文字が美しい

定休日で残念だった古い蔵のイタリアンレストラン

オーナーの好きな本しか置かない文泉堂
黒壁スクエアの中心的存在。

 昔は両替商だった建物

ショーウィンドウを飾る絵は

なぜか昭和の塗り絵本がずら~と並べてあった

街中は雛の季節にあわせたガラス雛や和紙雛がショーウィンドウを飾っていた。
とても廻りきれない軒数だ。長浜駅の観光案内所で地図をゲットし、好みをしぼって効率よく歩くと良いだろうね。
やはり老舗のお落ち着いた店に目がゆく。

休日は若い観光客でごった返しているのではないか?
平日は観光バスのおばちゃんが賑やかに闊歩しているんじゃないか?
と想像出来る

湖北は、若向きにも熟年向きにもほどよく歴史と文化が織り込まれている。
時間に余裕があれば、裏道にも宝物がありそう・・・・

余談
行けなかったが旧長浜駅舎を利用した長浜鉄道スクエアもある。

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佐久市の憂鬱? 2

いまや全国的に商店街に活気がないといわれる。
大型ショッピングセンター進出と小売店の後継者不足が悪循環の輪を描く
安曇野でも同じ問題を抱えている

佐久市内の本町商店街でおもしろい試みがあるというので、ついでに寄ってみた。
道路は広く、あちらこちらから浅間山が見え隠れする。
商店街は安曇野ほどの寂しさはないが、車の往来は多い
通り中ほどに空き店舗を利用した塾「寺子屋」がある

商店会と国の補助金を資金に、息の長い活性化を図っているという

商店街をゆっくり眺めると店構えがおしゃれで、飲み屋横丁や酒蔵まであり、かつての賑わいをかい間見る

左:商店街は小学生の下校通り  右:懐かしい庄野真代のコンサートポスター

洋装店・お惣菜屋・時計店・本屋・文具屋・パン屋さんと並ぶが、ごたぶんにもれず生鮮食品小売店がない。
結局このメインストリートは大型スーパーへ抜ける道となったのだ

本屋のおじさんは、「後継者もいなくなったしね」と嘆く。

角に鯛焼屋さん「たいやき専門店浪花家佐久店」が。うふっ、ひとつほうばる。
店主がテレビ番組「人生の楽園」に登場した時は”いかりや長さん”の時代。
東京・麻布十番の有名鯛焼「浪花家総本店」の関東圏外ただ1軒の店だと、嬉しそうに話していた

路地を歩くと懐かしい匂いがする建物もある。
右店の軒下には「打刃物 農具 切味請合 かじや」の紙看板が風にゆれている

ちょうど稲荷神社の祭礼に露店が並んでいた。この風景は昔も今も変わらない。
こどもが並んでおやつをほおばる。
田舎の子は滅多なことでは、”ピースサイン”はしない

先日、地方局のニュースで若いお母さんが商店街に戻りつつあると伝えていた。
数年先も元気であればいいな

安曇野では、アートで街の活性化を狙っている。
今月末までの、休日の催事とアート鑑賞は↓
穂高駅前と中央商店街のスプーンアート
スプーンアートの造形作家・松原さん

これをきっかけに、できれば恒久的に継続的に賑わう街になれば嬉しい。

余談
美術館ネットワーク「安曇野アートライン」という活動組織があり、今年信州大学イノベーション研究・支援センターから「アート・アライアンス賞」を受賞した。
地域の企業・文化活動の新しい取り組みを奨励するための賞です。
○活動の詳細は安曇野アートライン
○信州大学イノベーション研究・支援センターの紹介はこちらから

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佐久平のイルミネーション

3年目の実現である。
ちらっと見た映像とWebサイト鑑賞から、いつかいつかと・・・やっと6日の夜に実現した。

さてと久しぶりに樫山工業のホームページをあけると
「goo 地域」の「イルミネーションスポットガイド」において、樫山工業のイルミネーションが全国で1位になった時もあったという

私のひと目惚れも捨てたもんじゃない!

まずど派手でないのが気に入っている。大がかり過ぎないのもいい。
つまりセンスがいいのだ。
社員がイルミネーション・スタッフとして知恵を出し自分達でデザインし、制作しているという。
メーカーだからこの時期しんどいと思うのだが、消さずに今年も3月1日まで開催中。

月も味方にしていっそう情緒を増す

黄色の光は鳥が飛んでいる様子
右端は主催社「KASHIYAMA」

すっかり暮れた。
タクシーの運転手さんはあっちだっけ、こっちだっけと走り回るので遅くなってしまった。わざわざ呼んで来てもらったのだから、知ってる人を寄越して欲しいよ。

タクシーの流しはないから途中で乗り換えるわけにゆかない。
鑑賞後は車の往来が激しい工場街を早足で15分ほど歩き、小さな「北中込」駅へ。本数が少ないので逃すわけにゆかない。
19時、今夜の宿佐久平駅へ到着。やれやれ

念願が叶い楽しいひとときだった

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サザエさんの美術館

所要で東京へ。
東部田園都市線「桜新町」で下車。懐かしい香りのする桜新町商店街を通称”サザエさん通り”(画像拝借)と呼ぶ。
長谷川町子姉妹がこの地域に住んでいた縁である。
シャッターや通り沿いのちょっとした空間にも、サザエさんのイラストが・・・
市民がいかにサザエさんを愛しているかが窺える
そして歩きながらクスッと笑いを誘われる

駅から5~6分に長谷川町子美術館」「がある

なかでも磯野家の間取り模型と家系図が楽しい

今企画展は町子さん姉妹が蒐集したお気に入りの絵画の展示は「絵の中の動物たち」
収蔵品は有名とか無名とか油絵とか日本画とか・・・・とらわれない。
町子さん作の絵や彫像もある

そのすぐ横に地域の市民公園があるが、愛称はやはり

サザエさんも見あげたかな?

商店街の夕暮れの外灯にリボンが続く。さわやかな印象だった

辛い社会情勢の今、心から笑える日が早く来るよう祈るばかり

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黒姫駅界隈

22日、D51を追っかけて黒姫駅にいた
午前のD51・1号車到着のあと私も黒姫入りしたのだ。写真撮影後せっかくだからと駅舎を出た。
グッズや物産販売、おでんやきのこ汁の屋台が並ぶ。
あっ一茶君だ! 小林一茶はここ信濃町(旧かしわばら)の出身

  追いかけて後姿を

雪解けのぬかるみ坂道をのぼり、一茶館へ。
小ぶりながら、子どもにもよくわかる仕掛けの展示内容で、郷土の俳聖を称えていた

 チケットに『ゆうぜんとして山を見る蛙かな』

あらら、出口付近に「国営アルプスあづみの公園」の年末イルミネーションのポスターがデカデカと貼ってあった。

 北信の皆様お待ちしていま~す

開業当時はここの地域名である「かしわばら駅」だった。
昭和42年頃だかに町の合併により「黒姫駅」になった

昼食はそば工房若月の霧下そばを食べた。分量がたっぷりで安く美味しかった。
メイン道路から奥まった場所だが、満席だ

余談:
田んぼの畦でD51通過を待っている時、そばにいた地元のリタイア鉄ちゃんが「僕の知り合いの店です」
まっ小さい町ですから・・・

黒姫山は厚い雲の中だった。足元には疎水のような造りのU字溝に勢いよく水が流れている。
駅のすぐ裏は大きな工場があり、山の景観と水流は安曇野のそれとは異なるようだ

駅に戻り、12時57分発長野行き電車を待つあいだ駅前をぶらつく。
線路を跨ぐ通路の壁に一茶君の写真発見(コンテストの作品)。彼は地元では有名な御仁で、イベントにはこの衣装で出かけてくるという。

ユニークな法被を見つけた。生地の色といい材質といいあまりに素晴らしいので、声をかけてしまった

余談:
このおじさんの2軒隣があの一茶君だって。
小林一茶の研究家でもなく、俳句をたしなむでもなく、イベント会場で民謡を踊るのがお好きなそうな。テレビ取材もあるほど有名な方だそうだ

どこへいっても楽しい話はあるもんだ

ホームの賑わいに比べて町の活気はいまひとつで、D51イベントへの期待も当事者にとってはやや肩すかしではなかったか?
晴天は23日まで。賑やかに盛り上がっただろうか?