Posted in

「田舎のモーツアルト」

安曇野は輝き、碌山の風は吹くだろうか?
4月23日安曇野の光 碌山の風関連です

5月26日市民タイムス中学校特集「穂高東中学校」から抜粋
『東中学校は碌山美術館に隣接しており、正面玄関前に碌山のブロンズ像「坑夫」が建てられている。昭和33年の碌山美術館建設にあたり、生徒達がレンガ運びや瓦上げの作業奉仕をし、その後も美術館の清掃奉仕が続いている。』

表題の「田舎のモーツアルト」は
『詩人尾崎喜八氏が安曇野を訪れた時、教室での教師と生徒の様子に感動して書かれたもので、東中学校がモデルとされている』とあります
たとえモデル校でなかったとしても、この題名にはビビッときます。
そこで穂高図書館へ。職員のサポートを得て4冊を借り出す。

写真内
左:「孜々として」(シシとしてと読む)副題は安曇野・穂高町の人物群像
    穂高町立 穂高中学校編 2000年12月発行
    西中学校と分離されるため 閉校記念誌として発行された
    (閉校記念というところが思いの深さを感じさせる)
    『一』に尾崎喜八氏のご息女が寄稿「田舎のモーツアルト」のエピソードを紹介
右:「永遠に歌い継がれる  詩・童謡編 信州こども文学館12」
    郷土出版社 2002年11月発行
    校歌も手がけた喜八氏が、豊科の女学校へ視察した日の詩「安曇野」を掲載
手前:「音楽への愛と感謝」
    音楽之友社 1992年1月発行
    自然、山、音楽をテーマのエッセイ
ほかに「魂、そのめぐり会いの幸福」
    株式会社昭和出版 1979年(昭和54年)9月発行
    『とりわけモーツアルトはひとりで聴きたい・・・』
    ここに「田舎のモーツアルト」を安曇平からの帰りの汽車のなかで書いたとある
今年は”モーツアルトさん250歳の誕生日おめでとう”などと真顔で祝うほどの人気です。
セラピー効果も取りざたされている昨今、天国のモーツアルトはたぶん苦笑い

   「田舎のモーツアルト」
  中学の音楽室でピアノが鳴っている。
  生徒たちは 男も女も
  両手を膝に、目をすえて、
  きらめくような、流れるような、
  音の造形に聴き入っている。
  そとは秋晴れの安曇平。
  青い常念と黄ばんだアカシア。
  自然にも形成と傾聴のあるこの田舎で
  新任の若い女の先生が孜々として
  モーツァルトのみごとなロンドを弾いている。
   (ロンドはトルコ行進曲)
写真左:穂高東中学校正面玄関右にある田舎のモーツアルト碑
写真右:穂高東中学校正面の碌山作「抗夫」

詩は昭和38年の作品だそうで、当時の生徒は今50歳後半だろうか?
思い出話を聞いてみたい
また、毎年10月には同校独自の「田舎のモーツアルト音楽祭」も開催されている
一般客も入場可能だと思うが、保護者のみなら近所の中学生を捕まえ”おばば”に変身して潜入しよう

尾崎喜八氏は高村光太郎と親交があった。夭折の碌山とは直接会うことはなかっただろうが、彼のことは聞いていたのでは?あるいは上高地への登山、諏訪・富士見町(現)での7年間の生活の中から・・・
穂高中学校へ出向いた経緯を読み解いてみようと思う

■余談
『碌山の恋』製作中(穂高近辺で、ロケはっていたそうです)
(SBC信越放送創立55周年記念特別番組の作品)
演出・脚本担当の合津直枝さん(テレビマンユニオン)の講演会があります
日時:6月4日(日)14時
会場:穂高神社参集殿
チケット(コーヒー菓子付)1000円。5月31日までに喫茶店・茶路夢まで
電話:0263-82-3644 日曜夜間は 0263-83-7840
★チケットまだあるかいな??
                  
今年は安曇野に碌山の風が吹きそうな・・・・予感

■もうひとつ
穂高神社御船会館1階に「こっふぇる梅太郎」というぱん屋さんがあります
神社の中に?
自然培養酵母と国産小麦のぱん、を辰野町からの進出です
何故ここで開店か?の疑問はまたの機会に聞いてみます
場所:JR穂高駅を東へ、南側の鳥居をくぐってすぐ
営業:10:00~18:00
休み:月曜と第一第3日曜日
電話:0263-82-3008

余計なおまけ
美術館そばの踏み切り。注意はするけど、看板の「緑山踏切」は書き換えて

右下は碌山だけど文字がうすい

Posted in

春よ~いとし春よ(安曇野のレンゲ最終章)

やっと外気温が15℃(朝)~22℃(日中)くらいへ
これほど直接的・感激的に芽吹きに立ち会ったのは、初めてである
昨年の今頃は風呂場や階段の建築中で、そちらに気をとられていたのだろう
雨上がりの林

北穂高農業生産組合の5月8日レンゲ祭りは、結局寒さによる生育不足で断念された

しかし
大王ワサビ農園近く、水色の時公園のそばにも群生畑は健在(上旬撮影)
写真左:それほど広くはないが、密度はあるれんげ畑
写真右:すぐそばでは、麦が菜の花を道連れにぐんぐん成長している

もっと嬉しいのは、綺麗な川が名もない田んぼの排水路であった
農作業中の男性に聞くと「名前なんざないだで」

ところが
近所の散歩コースで思わぬレンゲ畑を発見!
写真左:有明のレンゲ畑。お向かいの方は「昨年はもっとすごかった!」
写真右:その家の庭先で紅輪タンポポ発見。写真で見たものがすぐそこに・・・

とどめは・・・・近所の散歩コース古厩にて

遠く有明山を従え、燕岳に残雪を載せた姿は・・・絶句
あちこち探していたのに”灯台下暗し”

Posted in

まだ続くレンゲの話

ほら!明治にはこんな景色があったんよ
《残雪の高い山々がうしろにひかえた、いまごろの安曇野ほど美しいところを良(りょう)は知らなかった。見渡すかぎり紫雲英(れんげ)の花で埋もれ、そこかしこに土蔵の白壁がちらほらする」(臼井吉見著『安曇野』第一部より)》

5月2日市民タイムスの記事から
「レンゲの花 黄信号 寒さと積雪が災い」の見出し(当ブログレンゲ4月4日Part1と21日Part2に紹介の)北穂高農業生産組合が節目20年目のレンゲ祭りを断念!とあります

写真:事務局長丸山さんの名刺にもあるレンゲ畑。こんな景色になるはずだった
    予想されていたとはいえ、どんなにか残念なことだろう

4月29日、散策に行った烏川渓谷緑地公園の管理人さんから聞いた時も、今年のレンゲ祭りは大町だけが開催できそうだとのことでした

しか~し、5月2日の大阪にはレンゲが咲いていた
所用で大阪におり、空いた時間に鶴見緑地へ散歩に出かけ発見する
写真左:途中の民家の玄関先植木鉢に
写真右:緑地公園内のレンゲ畑

レンゲの花を忘れていた方々、思い出していただけましたか?

自然から学ぶことも大切。来年に期待しよう
《安曇野では常念岳や有明山をバックに、近くの田んぼの水面には光が反射して・・・今レンゲが咲き誇る》なんて来年のブログに掲載できれば嬉しいです

ちいさな庭で初めての”木々の芽吹き”をタイムリーに観察する日々が続く

余談
看板ならぬパンフに偽りあり(?)
写真:先日訪れた国営アルプスあづみの公園パンフ内の1ページ


ここにあるんだぁ、レンゲが・・・と一瞬思いますね。しかしこの写真は公園内のロケーションには見えないぞ。
つまり「『北アルプスのすその安曇野で、美しい息吹を感じる一日』をここアルプスあづみの公園で遊んでいって!」という主旨のようである。
時節がら、すわ!レンゲ畑~~と喜ぶわなぁ
職員の話:ここから南へ行った岩原地区の写真で、今年はレンゲはありません!
紛らわしい写真を載せるのはフェアでないと思う。どうせ観光客や子どもにはわからんだろうということか!とかみついても仕方ない。
帰りがけ「是非今後の発展にご協力を」とアンケート用紙を渡されたので、さりげなく書き込み、お礼の花の種はしっかり頂いてきました

Posted in

北帰行断念?

全国にいくつか白鳥物語はあるのだろう

安曇野市豊科のコハクチョウの北帰行は5羽を残したというので、4月20日夕方でかけた。
私は4羽確認でき、小屋は片付けられていた。

見学に行き始めてから、この日初めて白鳥の会の原さんとお逢いでき、話が聞けた。
つい先日大勢を見送ったが、この5羽がね・・・・
写真左:散弾銃で怪我のフクちゃんは、昨年の北帰行がかなわず、夏を越した
     (体の右下の黒い足)
写真右:胸まである長ゴムズボンをはいて、川の中へじゃぶじゃぶ。遠くにいる白鳥にエサを投げた

「今年もう1羽怪我の白鳥がいて、フクちゃんに寄り添っているんよ」と原さん。何時飛び立つかわからない、明け方が多いらしい。最後の1羽まで見届けたいのでしょう。

そして今日
4月24日の明け方2羽を残して旅立ったと市民タイムス(4月26日掲載)は伝える。
原さんのコメントでは「4羽が一旦飛び立ったが程なく1羽が戻って来た」
あの寄り添っていたハクチョウかな?

5種類くらいいるカモのうち、残留組のカモがいくらかいるという。仲良く、事故なく滞在して欲しい。
それにしても原さんはじめアルプス白鳥の会も明科御法田のメンバーも「どうぶつの病院」の皆さんもすごい
見守る私達もすごくなろう

おまけ
当ブログの白鳥関連(ないとは思うけど、興味ある方はどうぞ)
05年12月27日
06年1月9日
06年1月10日
06年1月13日
06年3月6日

Posted in

安曇野の光 碌山の風

安曇野の光は輝いているだろうか?
碌山の風は吹いているだろうか?

市民タイムス連載「臼井吉見の『安曇野』を歩く」の執筆者 赤羽康男氏の講演会に参加しました
4月22日は荻原碌山の命日で、第96回碌山忌の記念行事の一つでした。

碌山美術館は碌山の後輩の学生や地元の人々、全国からの寄付で建設されたのです

彼が亡くなったあと、相馬家(新宿中村屋の創始者)が、東京にあった作品が散逸しないように、穂高の碌山の実家に保管するべく労をとりました。碌山を支援していた人々にとっては当然のことだったのだろう。それら作品を一般に公開できる美術館を寄付で建てたのです。
赤羽氏は、執筆の取材で石川啄木と宮澤賢治のそれぞれの郷里を訪ねたときの印象を、啄木の土地では啄木の風は吹いていなかったが、賢治の郷里では人々から充分愛されている風を感じたと・・・・・・
碌山はどちらかといえば賢治に似ているとも。
「臼井吉見の『安曇野』を歩く(上)」は市民タイムス編・郷土出版社発行で単行本として販売中です。(中)が数ヶ月のうちに刊行予定のようです

自治体が箱物を作り億単位で集めた絵画を飾る美術館ではないことにもっと誇りをもっていいと思う。以前に穂高に来たという知人たちは美術館へは行ったが、その話は知らないといいます。

碌山の風は今穂高に吹いているだろうか?

入場者が減少傾向にあると嘆く声が聞こえます。100回忌にむけ安曇野の光と碌山の風をハードでなくソフト面で模索する時期がきているのだと思う。
常設していない油彩・デッサン・スケッチ画展を5月7日まで開催中です。

余談
過去にこんなコンサートと楽しい催し碌山ゆかりのウォーキングがありました。参考まで
またコンサート関連でCD「千の風」と「碌山」が委託販売でミュージアムショップにあります。

おまけ
当ブログ2006年1月19日碌山美術館の関連記事あり
美術館は5月から8月までは観光シーズンにあわせて無休ですって

Posted in

レンゲin安曇野 Part2

現在の外気温が3℃で、昨晩からの雨がみぞれ→雪になってきました。
せっかく咲き出した花々が「ブルッ」

当ブログ4月4日「レンゲin安曇野 Part1」の続編
「安曇野の観光を考える」に同席だった信州大学玉井名誉教授のレンゲの話が印象に残っていた。その後玉井教授の「レンゲと安曇野 安曇野観光に憶う」と題してコラムが掲載された。
地方紙「市民タイムス」3月27日から抜粋
============================================
観光とは『そこの土地の光を観る』というのだそうである。その昔何回か訪れた安曇野の光=春のレンゲ畑が今も心に残っている。昭和50年秋、借りた田んぼにレンゲの種をまき、翌年5月、残雪のアルプスとレンゲの安曇野を実現させた。人々があちらこちらからやってきた。その後、今の”水色の時記念公園”北側にレンゲ畑ができ、日本レンゲの会もレンゲ米研究会も20年を経て今もつづいています。
『安曇野の光』はワサビ田もそうだが、アルプスを背景にした豊な水田、拾ケ堰などに見られる先人の偉業、農家や集落のたたずまい、鎮守の杜や道祖神に見る文化遺産、山麓地帯のりんご園等々『安曇野の光』を輝かせてきたのは、この地の農家の人々であった。観光に関わる人々の農業へのモラルサポートを願ってやまない
============================================
そしてPart1の安曇野北穂高農業生産組合のこだわりのレンゲ米とつながってゆきます。
そのレンゲが今年は・・・と嘆いています。先日写真撮影にゆきましたが、寒さの影響で成長が遅れてというよりこれ以上花に育つのが難しいらしい

きっと他地域のレンゲ事情も同じかもしれません。
5月上旬のレンゲ祭り開催をどうしたもんか思案中でした。今年は20年の節目なのに・・・・と。素人としては、こういう自然の現実をこども達に知ってもらいたい。将来今年の中止を「小規模であってもやっぱり開催しておけばよかったねぇ」と後悔しないかなぁ、などと無責任な感慨をもつのです。
レンゲ米はちゃんと作付け出来る対策はできているのでご安心を

Posted in

ポタリング安曇野に参加

4月5日の「ポタリングってご存知?」の続編
ウン十年ぶりのサイクリングは、4月13日(木)曇天のなかスタートしました
これほど爽やかだとは・・・・。「安曇野に暮らしてサイクリングをしないなんてもったいない」
と諭される。確かに!

サドルに低反発小型枕を巻き付け、いざ出発
■主催者挨拶、注意事項やコースの説明後、穂高会館を10時にスタート
  出来すぎのやまびこ自転車道を拾ケ堰に沿って走り、取水口まで
写真左:ここは「やまびこ自転車道」標識杭
     途中2車線ラインがあり、追い越し用ですと
写真右:自動車道と平行しているサイクリングコース。ガードレールがシンプルで可愛い

写真左:ところどころにある木製敷の橋。ちょい無粋な護岸石とのバランスかな?
写真右:遠くに小さな鳥居が見え、田の水ラインが美しい

途中のレクチャーは彩色道祖神前

■掘金・臼井吉見記念館へ
 小説「安曇野」のレクチャーと館内見学
  ショーケースに深志高等学校100周年記念の朱肉ケースがあった
  ふたのデザインが素晴らしい。トンボの絵にみえるが「深志」と文字が読める
  サイクリングには関係ないけど・・・

■取水口方面へ再び走り、トイレのある公園で「拾ケ堰」のレクチャーとおべんとう。
  お腹がグ~~と鳴った
  ここらあたりがパンフや資料の表紙を飾る「常念岳と拾ケ堰」ビューポイントである

満開の桜と新緑の頃出かけてみよう。ここで解散となった

■私の帰路は臼井吉見記念館まで戻り、山手を少し走る
  総合体育館の庭の彫刻はかなり前衛的で、よくわからなかった
  またまた調査対象がふ・え・た

この爽やかさは体験しないとわからない
安曇野へのサイクリングツアのお客人は正しい観光客だと実感
今年はあと5回あります。今後の日程や詳細は主催ホームページをご参考に

余談
さらに詳しい報告サイトはこちらへ

Posted in

3周年の順燻の家

通称山麓線のレストラン・温泉宿・ペンション・ギャラリー・美術館・蕎麦店などがひしめき合ったルートにある。
自家製の燻製を使った洋食屋さんが「カントリーキッチン順燻の家」
1年前に食事に来たことがあり、先日久しぶりに覗いたら、カウンターの先に2005年ジビエ料理コンクール 
2005年3月17日「優秀賞」の賞状と盾がある
写真左:お店全景
写真右:知事の名前で賞状と盾が

どうしたの、ジビエ??? 聞いたことがないよ
ジビエ(gibier)とは、狩猟によって捕獲されて食用となる鳥獣肉のことで、フランス料理の
冬メニューですって。
長野県で2004年度に開催したフェアは、繁殖しすぎた有害鳥獣を廃棄するのではなく、
ありがたく山の幸としていただき、冬の信州の味覚にしましょうという主旨であった。

第1回2005年3月 信州ジビエ料理フェア2005
順クンはこの中のコンクールで優秀賞受賞だったのだ
第2回は、2005年11月に東京のレストランでフェアがあり、このときはコンクールはなし
第3回は今のところはフェアの予定はないようです

そんな「順燻の家」は今日4月13日にめでたく3周年を迎えた
アンパンマンのような温和なお顔の順クンに聞きました
=============================================================================
長野県・南信の伊那市と駒ヶ根市の間の出身。
燻製料理というと堅苦しいとか値段が高いんじゃない?ただの酒のつまみでしょ
などいろいろな解釈をされ易い分野だと思いますが、もっと身近なものなんですよということを
知っていただきたくて、お店を始めました。洋食がメインになっていますが、気楽に食事が
楽しめるような雰囲気を作りたいと思っています。時にはお客様から教えられることもあり、
私共の勉強になります。いろいろ感想など聞かせてください
=============================================================================
でお店は
写真:山麓線沿いの看板

安曇野市穂高有明 0263-83-8258  定休日:毎週木曜日と第3水曜日
(アートヒルズ斜め向かい山側)
鹿や鴨を・・・と注文されても、いつもあるわけではありません。相談してください。
スモークサーモン・スモークチキン・ニジマスの燻製・卵の燻製などがあります
手作りソーセージ教室も・・・・
安曇野で宿やペンションで燻製料理が食べられるところはあるようですが、
洋食やさんでは少ないような気がします。ペット同伴の方は、テラスを利用できます

Posted in

ポタリングってご存知?

5日 朝から雨、こうして花や芽が膨らんでくる。
雨の朝でも5時には小鳥が「ピー」と4~5回啼いておこしてくれます
写真:七変化もみじの新芽

アウトドア派なら「とっくに知ってらぁ」と鼻で笑われそうな「ポタリング=pottering」
初めて知りました。辞書にはこれは新語で
【〔potter・putter(ぶらつくなどの意)から自転車で散歩すること

目的や計画を立てずに気の向くままに走ること】と解説がありました

「ポタリング安曇野」が開催されます。こちらは計画やコースが決まっており、安曇野の自然、歴史や文化や風土に触れようという安曇野巡りです。
地理勘が冴えてくればいつかゆっくり安曇野をサイクリングでと考えていたので、私にはなんとタイムリーな企画だ、早速申し込もう!と意気込んだが、どうも私の体力では不安が残る。
第1回が13日(木)で観光シーズン前の混雑を避けた平日だし、拾ケ堰コースなので参加したいなぁ。

興味ある方、改めて安曇野を見直したい方、その頃ちょうど信州旅行中だという方いかがですか?

Posted in

レンゲin安曇野 Part1 

当ブログ2月19日付「安曇野の観光を考える」その後

2月19日に聞いたレンゲの話が頭の隅から離れない。
子どもの頃住んでいた京都でもレンゲは確かに見ていた。
講話の主は玉井袈裟男先生(信州大学名誉教授)ロマンあふれた内容だった。
そこへ3月27日の市民タイムスコラムに「レンゲと安曇野」を見つけ、またまたレンゲが
頭の中を闊歩する。掲載記事はPart2で紹介しよう

何人かに聞いても、昨今レンゲは見かけないと口をそろえていう。昔は肥料としての役目が
大きかったし、彩りよくアルプスの山と調和し、春の風物詩として観光資源でもあった。
しかし化学肥料や農薬の普及でその役目は終えつつある・・・

ように見えるがどっこいまだまだ捨てたもんじゃあない
観光用のレンゲ畑じゃないよ。正真正銘の正しいレンゲ畑じゃないレンゲ田んぼだい。
”レンゲ”を検索中に発見!早速電話してみると近いぞ
はきはきと元気な婦人が熱く語るその口調に引き込まれ、おもわず「電話じゃなんですから
来週ゆきます」 で本日行ってきました。
JR有明駅から東へ400メートル、火の見櫓を南へ入る、JAあづみの建物の近くに
「安曇野北穂高農業生産組合」「と直営店「あづみ野北米販売センター」があり、
レンゲ米生産の貴重な会社です。

写真左:火の見櫓と遠くに北アルプスの山々
写真右:建物南側に広がる田んぼが、レンゲ一面になる予定
     「昨年末の寒波がきつかったで、ちょ~と遅くて心配だわ」と事務長の丸山さん。
     この方が熱いご婦人でした

レンゲ米だからといって米粒が薄紫色ではない。お米の収穫後に撒いたレンゲの種が、
5月上旬頃には満開となる。そのまま代掻きすることで、レンゲ草が肥料となる昔ながらの
自然農法の継承であり、さらに工夫改善しながら化学肥料と農薬は半分以上減らした
こだわりのお米です。
全国に宅配もしており、自然志向、健康志向の高まりで業績は右肩上がりだそうです。
同じような考え方ではアイガモ農法があります
情熱をぜひネット探訪で味わってください

時々訪問してはレンゲを観察することにしよう
写真左:帰りがけに田んぼの脇の水路にたんぽぽ発見
写真右:たんぽぽに蜂が

レンゲ祭りはこの田んぼでレンゲと遊ぶこと=人間代掻きですな

余談  
れんげ田情報(4月13日更新)
掘金:岩原地区にあるらしい
    アルプス公園のほぼ近所に少しあるだ、と臼井吉見記念館裏の田んぼで作業中の男性
三郷:今はもうないなあと役場職員の返答
穂高:「水色の時」記念公園の北側にもあるそうな(ここが玉井教授と縁があります)
   JUSCO穂高店の裏手山側にあるらしい(穂高駅前観光センター情報)   
豊科:いまだ発見できず
明科:   〃
松川:馬羅尾高原で最近まで「れんげまつり」が開催されていたが、今はだめらしい
    松川では希望がなくなりました 
池田:今ではありませんなと役場職員