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碌山忌


碌山館の入り口上部に掲げられた藍染でしょうか?のれん
こぶり美術館ならではである。

夭折の彫刻家「荻原碌山」101回目の命日、4月22日のコンサートを初めて鑑賞した。
午後から曇天になり風は冷たく、館庭での屋外鑑賞にはちょっと・・・
途中から薪ストーブのあるグズベリーハウス内に移動した

リハーサル中のシンセサイザー演奏「影武者」さん

喜多郎氏に影響を受ける
作曲も手がけており、喜多朗さんに褒められたただ一曲の、
「~君の想い~青木湖にて」は、澄んだ緑の湖面のイメージがよく表現されていました。
刑務所でのコンサート活動も。シルクロードほか

西山紀子さんは安曇野市のいろいろな音楽イベントのプロデュースやピアノ・キーボード演奏。
体のよく動く方で、小柄ながら声がおおきいです。
本日は「信濃の国」や「早春賦」(これらはイベントの定番です)など
屋内では、明治時代のオルガンのペダルをギコギコふみながら「故郷」を。この曲も定番。

アンサンブル”ウインズ゛”は松代からおいでのアカペラ4人組。童謡と唱歌をオリジナル編曲で、素晴らしいハーモニーでした。
次世代に繋ぎたいと活動しておられます

被災地のお年寄りが聴けたら、きっと手をたたき一緒に歌いだすことでしょう。
ボランティア活動に登録し出前演奏会に活躍しておられるが、車で1時間以内で出かけられる範囲ということです(サイトから)

桂聡子さんは松本からでフルートソロをクラシックなど3曲
写真はとれなかった

最後に三浦久さん
私が一番魅かれた曲は「次郎」
穂高の明治の教育者・井口喜源冶の詩に、三浦さんが作曲された作品。
移住してきた頃に見学した井口記念館にも展示されていた。長い巻物のような紙が、うす茶色に変色していました。
文語体で歌詞は難しいですが、ギターとハーモニカの凛とした演奏が好きになり、CD(1000円4曲収録)を買いました。
喜源冶は「偉い人でなく良き人になれ」と教えた研成義塾の塾頭でした。

偉い人は今、不人気です

「碌山」は彼の短い人生に、数冊の本から得た印象を三浦さんご自身が作曲されました。
県外での演奏会で聴いた人が、碌山美術館を訪ねてこられることもあるそうです。

信州だけではないとは思いますが、何かと童謡と唱歌が歌われます。
作曲者や作詞家に信州人が多いこともあるかも?
そして決まって年配者の観客が多いけど、男性の参加者が結構多いのも特徴です。

余談1
県歌「信濃の国」はうんざりするほど長い(六番まである)のですが、まず完唱しますね。
今日発見したのは、なぜか四番だけがスローテンポになります。
お隣さんに聞くと、理由はわからないけど必ずその歌い方だということでした。

ご存じの方、疑問解決よろしく!

余談2
4月22日~9月4日の特別展はおもしろいです。
『近代日本彫刻の究極-荻原守衛の絶作《女》の全貌』展
「女」像の知られざる製作意図や、碌山を紹介した記事のスクラップ、当時のアトリエ模型などの
展示です

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うちのかあちゃん

よく通る道路脇の畑に「あっ、畑ともさんだ」
久しぶりにお姿をば・・・・

降りて、ホウレンソウの不作や夏野菜談義を立ち話する

彼の口癖は「うちのかあちゃん」
「かあちゃんはこうするだで・・・」
「かあちゃんが○○だと言っとる」

ごちそうさま!
笑顔が絶品なの
お顔のしわも美しいの

収穫途中の菜の束は、昨年失敗の放置した野沢菜の葉と花でした
菜の花に似た黄色い花です
 拝借画像

「持って行きなっせ、ひたしがうめえよ」

お浸し美味しかった
軽くゆがいてしらす干しとオリーブオイル炒めも
優しいほのかな香りがする。和風パスタに散らしてもよさそう

”かあちゃん”によろしくね

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さくら国際高等学校ふたたび

3月5日に紹介した丸窓電車の譲渡
確認に行ってきましたよ。
以前に駅で見た時より傷みは激しいが、しかるべき処へ安住したと思うと愛しい。

事前に敷設された展示用レールに収まっていた

熱心なマニアが

地元丸子の青年だって

この坊やは電車が好きなすぐ近所の子。何度も見に来るらしい
羨ましい!

桜はまだ5~6分咲き程度だった

今夕たまたま付けた長野朝日放送でも


「校舎とマッチしてて素晴らしいと思った」

引っ越し作戦は、信濃毎日新聞写真グラフ(拝借)でも。

手入れされ、アイディアいっぱい、地域や生徒みんなに愛される第二の人生を送ることだろう。

きっと被災地の東北地方もこんなのどかな田園風景をもっていたのでしょうね。
諦めざるを得ないかもしれない人々の、ふるさとへの想いが察せられます。

唱歌「故郷」がこれほど身にしみる時代が二度とこないことを祈ります。

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夏野菜始動

重い腰をあげて、耕作から開始しよう

畑に向かう途中、遠くに燕岳と常念岳をつなぐ北アルプス表銀座が見える。右が有明山
テレビ小説「おひさま」にも映っている。
手前下はリンゴ農家の農園。5月中ごろには白い花が咲くだろう

畑の師匠のご主人が、大きな耕運機で耕作してくださっていたので、ふかふか土になっていた。
楽々に深掘ができるのが嬉しかったが、”冬ごもり”の体にはさすがにこたえた。

さて
じゃがいも。今年は「十勝こがね」を選んだ。キタアカリより育てやすいそうだ。
2畝に9個ずつ、1畝に8個。
昨年は、7月上旬に28星てんとうの襲来に苗が倒れ枯れてきたが、中旬には何とか回復した。
今年は1品種にし、より深く掘り株間をあけ、株数も減らした。

昨年は長梅雨も原因だったかも?

植え付けにはやや早いかもしれないが
玉レタス8株は、遅霜対策に不織布をかけた
ブロッコリー5株も植え付け、防虫対策に白寒冷紗をかけた

今年の楽しみはアスパラガス、健在だったのだ
経緯をさかのぼると
2008年農婦デビューの秋に、畑の師匠からかわいい苗を8本頂いた
2009年は盛土だけしてそのまま放置
2010年4月には細身のアスパラガス8本確認

しかし2010年も収穫せずそのまま放置し有機肥料を与えて
今年に至る

実は忘れていたのだ
耕運機でひっくり返った土をみて、そういえばあのアスパラガスはいずこへ?

掘りだしてありました

笑っちゃいましたよ。直径20センチくらいの根元に数え切れないほどのひげ根!
これが最大で、他に中・中・極小、4株である

130センチ×150センチの新しい苗床を作り元肥をまぜ、深~く掘り下げ収めた

上に有機堆肥とたっぷりのもみがらを散布

これで今年実れば、バンザイ!

アスパラガスは多年草で5~10年実るという。だから根はまだまだ伸びるようだ。
さてどうなることやらお楽しみ

定番のトマト、ナス、ピーマンの畝の準備もそろそろ。

予定品種として
美味しかった栗カボチャ・ズッキーニ・枝豆

今年は昨年にこりてあれこれ品種拡大は避け、スイカやメロンやヤーコンは中止
ハクビシンに食べられるトウモロコシもなし。労多くして無駄あり。
ファーム江澤さんから美味しいモロコシいただきます(市民タイムスの記事から)

里山歩きのメンバーから
モロヘイヤ・万願寺とうがらしは1株ずつでも作ればいいんじゃない?と進言あり。
う~ん、考え中

そういえば、トレッキングから遠ざかっているなぁ

余談
兵庫県の友人が、ご主人の一時帰国中に九州の由布院&黒川温泉に行ってきたけど、
お客がまばらで寂しかったそうだ。
「こんな時に行くのは~」
違うよ、西日本が元気でいてくれなくては、それこそ日本が沈んじゃうよ。
さくら祭りだって遠慮なくやったほうがいい。東北のお酒を持ち込んで・・・
あっ関西の桜はもう終わったのかな?

私も旅に出たいな
今のところ予定なし、でも夏はちょっと面白いことを画策中だもんね

おまけ
NHkテレビ小説「おひさま」は、開始以来初日の視聴率が一番だったそうな。

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福島農産物の支援販売

きっと全国のあちらこちらで応援販売の機運が高まっていると思う

4月3日報道のテレビ画像(下記の記事とは無関係)

わが町安曇野市でも
16日(土)17日(日)福島県産の安全・安心な農産物や加工品の応援販売があり、
大震災と原発の風評被害に見舞われた福島県の農家を支援しようと、安曇野市内の五つの農産物直売所が応援します。

 『長野県産直・直売連絡協議会の毛賀沢明宏事務局長は「風評被害で農家が生産意欲を失ってしまう、そういう状況を何とかしたい、という思いで企画した。
生産者の意欲を守ってきた直売所の出番だと思う。販売応援だけでなく、被災地で手に入りにくくなった食べ物をこちらから送る支援も進めたい」と話している。』(asahi.comマイタウン長野から)

品目はトマト、キュウリ、山ウド、アスパラガス、アサツキ、ニラ、イチゴのほか、漬物やハムなど。
売り上げから5%の手数料を除いた額が、福島県農家の収入になる。

【販売所】
Vif穂高(穂高有明) TEL:0263-81-5656
ほりがね物産センター(堀金烏川) TEL:0263-73-7002
プラザ安曇野(豊科南穂高) TEL:0263-72-8700
あづみ野ふる里市(三郷温) TEL:0263-77-7530
三郷サラダ市(三郷温) TEL:0263-76-4066

【開催時間】
午前8時半~午後5時半

4月上旬に食した福島県産のトマトといちご

近くに居住の方、観光で近くへお越しの方へ
みんなで応援して明るく元気になりましょう

毎日のように余震が続きます。お体大切になさってください

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宣伝系

AC広告ではありません

遠縁の若者が今年2月、東京三鷹市にイタリアンレストランをオープン。
いきなりの震災による計画停電の影響もなかったと、順調らしい。

ホームページから画像拝借

一度行きたいと願うも、いまだ実現していない。

ホームページが出来たので、遠い親戚遠い長野からも応援しよう・・・と、今日は宣伝系記事をば
オステリア ダ ヒロキ

コンテンツがまだちょい不足気味だけど、順次追加書き込みがされることでしょう。

もっともっとごひいきに!

余談
前回のお店紹介後帰り際に「蔵くら日記見ました」というお客様がいらした、と聞きました。
嬉しか~。
どなたでしょうか?どうもありがとう

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なるほど

今朝6時の外気温-2℃。ブルッ

畑への道すがら、ももの花(だと思う)が咲いていました

私は何故毎日震災と原発事故のことばかり・・・・・

まもなく終わろうとしている人生の、残り数年間をこんなことで終わらせてなるものか!

連れ合いは考え過ぎだよ、と笑う。

原発には反対だったが、だからって表だって行動は何もしてこなかった。
近い将来もし駿河沖地震が発生すれば、さすがに我が家も笑ってはいられません。

だから今この時の私の心象風景の記録を残しておこうと思う。

AERA増刊号から
養老 孟司氏
地震や津波は天災、原発事故は人災。携帯電話には防水機能があるのに、
原発の電源装置はなぜ水につかると使い物にならなくなるのか。
「答え」はいつも目の前にある
見みえていないのは「問い」のほうだ

AERA増刊号から
内田 樹氏の提言
物語の教訓はシンプル。「金より命」「マニュアルより直感」

信ずるに足ると直感した京都大学の小出裕章先生
対談映像はとても長いので、1時間05分あたからが記憶しておきたい内容

きっと今後私を支えると思った広瀬 隆氏の解説映像3/3

五木寛之氏の経験したこと
第二次世界大戦の最後、家族はピョンヤンでロシアの侵攻に取り残された。
軍幹部や要人の家族は、さっさと在住国民をおいて日本へ引き揚げていた。

「正しく怖がる」・・・これも名言

いずれにしても、現場の作業員さんたちの命をかけたご苦労で、我々はシーソーに乗っているのですね。
AERA4月10日号緊急増刊は、永久保存版として手元に残ると思う

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義援金と支援金


近所の林にひっそりと咲くイワウチワ。ずっとイワカガミだと思っていた

知っているようで知らなかった言葉を整理する。
あらら・・・知らなかったのは私だけかも

まずは、おさらい

「募金は、大きく分けて、復興のために被災者に分配される「義援金(義捐金)」と、
被災地で活動するNGO/NPOの活動資金になる「NGO/NPOへの支援金」の
ふたつがあります。
「義援金」は長期的な視点で復興を支え、
「NGO/NPOへの支援金」は今すぐ被災地での支援活動をサポートするもの。
どちらが重要ということはなく、偏ることなく、どちらにも資金が集まることが重要です。」

助け合いジャパンから

”助け合い”のネーミングがいい。カタカナの長いネーミングは非常時には似合わない。
今、祈ることとささやかな義援金を送ることで協力している私でも、
いつか助けていただく時が来る可能性だってある。

個人的にはこのサイト「助け合いジャパン」をブックマークして、今後の参考にさせていただこうと思っている。
立ち上げの経緯も是非。

阪神淡路大震災支援との大きな違いは、NPOや個人や仲間で活動している民間の力強さだろう。
若者の動きがいい
有名でなくても、報道に載らないが心に響く若者の活動に、協力できればもっと嬉しい

ネットの威力を見せつけられた今回の災害支援活動。
支援活動だけでなく、
原発に関して見聞きする報道内容に、偏向があることもよくわかった。
政府も自民党も東電も東大原子力関連教授も、何を隠し(または後手後手は)
何を守ろうとしているのかが、少しずつ分かってきた様な気がする

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いやな夢

原発事故に思いをはせても、何もできない
ましてや、どうも政府も一部の学者も東電もマスコミも隠し事をしているのではないかと・・・・疑心暗鬼

加えて外国へのアナウンスが十分でないのが原因で、一部で誤解があるという。
当事国でさえ不安があるのだから、当然だ。

やっぱり明け方に変な夢をみた
「くたばれ!ニッポン」の大合唱

夢だよ夢。気分が悪いので、農具や肥料などがむしゃらに整理整頓。

余談
自衛隊の活動にはホント多くの国民が感謝していると思う

船に揺れているのは自衛隊旗

しかし災害活動の時、船にはためく旗は
 のほうがよいと思う。

海外からの「祈りデザイン」も、モチーフは国旗だからね

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福島県矢吹町4

テレビや新聞報道では、比較的元気な人が映る。復興への意気込みも感じられる。
いや、もう笑うしかない心境なのかもしれないが・・・・

そんな中、縁の出来た矢吹町の高橋さんから、本音メッセージが届いた

『そこここで復旧が進む反面、長引く余震に皆が心身共に疲弊気味です。
中でも7日深夜の余震は大きいもので、この福島県中通り地方でも震度5強ありました。
しかしながら、今の家は11日の地震でも大丈夫だったし、平屋だからという変な安心感からか、
布団をかぶって揺れが収まるのを待ってました。
物が少し落ちるくらいで済みました。今でも実家にいたらと思うとぞっとします。
取り壊しまではいかない建物の、高層にお住まいの方々の心労は計り知れません。

私事では、
お恥ずかしいながら、実家の取り壊し前の荷物運び出しが終わった途端、機械の油が切れるように
体が動かなくなってしまいました。
どうもエネルギーが底を突いてしまったようです。何もせず、布団に横になることが多くなりました。
少しはよくなりましたが、人に会いたくない、話ができない状態が続いています。
こんな状態では・・・・と、ボランティアのお誘いもお断りするような毎日です』

なんの恥ずかしいことがあるものですか!

泣きたい時は一生けんめい泣きましょう
身体が休暇を要求するなら、納得するまで休みましょう

そしてまたゆっくり歩き始めてください。道のりは長いようです

長野県にもやっと春らしい日が訪れ、先日まで氷のはっていた水鉢に、
シジュウガラやヤマガラが水浴びにやってきました。
リフレッシュしたのか、”チッ”とお礼のさえずりを残して去ってゆきます。

お元気な声がまた聞ける日を待っていますよ