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清水牧場チーズ工房

3月7日野麦峠スノーシュー・トレッキングの集合・解散場所から10分ほどで工房へ行けるよとのことで、解散後一人で向った。

除雪しているから大丈夫!と聞いて来たが、走り始めてまもなく後悔。
細道で各所に大きな水溜りができており、ボコンと片輪がはまると横転するかと思うほど傾く。
ターンできないから前進あるのみ。
なんとか清水(しみず)牧場チーズ工房に到着すると
「すみません今日はなぜか除雪車が来なくて・・・」あ~、力が抜ける

駈け付け1杯の牛乳100ccは一気に喉から食道を通過し心に届く。いつも美味しい”富より健康”松田牛乳を飲み慣れている味覚にも、十分感嘆の声を上げる旨さ。
「おかわり!」
「飲むヨーグルトの試飲もどうぞ」と、小さいカップでお供してきた。
これも・・・・声なし

自宅用に飲むヨーグルトとフレッシュチーズ・クワルクを購入。
3月6日製造のクワルクは甘味も塩味もなくやや酸味のある出来立てチーズだが、クセになります。
翌朝、クワルクに安曇野産巨峰の干しぶどうを載せて食する

そしてお次はこっふぇる梅さんのバタールに、加工用りんごで作ったジャムを載せるとこれまた・・・

 
200グラムカップがまたたく間にご馳走さま

笑い話
・往路若い女性二人組の車と交差するが、ぎりぎりセーフ。「ありがとう」の顔はこわばっていた。
・看板を見落としてしまってどんどん登り、道はますます細くなりタイヤ痕がないから違う!と5回くらいの切り替えしでやっとこさ下り、工房にたどり着く。
この道は牧場に続く道だった。
・松本市奈川と安曇野市穂高が同じ市外局番であることに、今さらながら驚く

笑えない話
移住後まもなくの頃、上高地行きの松本電鉄駅新村駅のベンチで、おじいさんとおばあさんが話していた会話を思い出した。
『奈川のうちの親戚じゃぁほとんど1年中ストーブを出したままだで』

しかしどうしてこんな山奥に牧場を・・・厳冬期の最低気温-20度の世界だ。
牛にとって一番よい環境をとあちらこちら探し求め移動し、理想の地がここ奈川だった。徹底したこだわりから美味しい乳製品が生まれる。
それにしても~~~~である。

特にお愛想がいいわけではないが暖かい応対に、帰路は怖い道もルンルンだった。
初夏にのんびり牧場へ・・・というのもいい

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野麦峠へスノーシュー

6日朝安曇野案内サイトの「自然イベント」を眺めていたら【明日の野麦峠】があるではないか!
それッ!と連絡すると参加OK。集合場所は「野麦街道川浦歴史の里」
奈川自然案内人の会主催。
かねがね野麦街道を歩きたいと思っていた歴史の道。
来年のスノーシュー・トレッキングは体力的に行けないかも知れない。渡りに船である。

7日朝6時50分に自宅を出発。1時間半で集合場所へ到着。奈川はかなり雪深い地域だが合併して松本市である

8時半スタート。すでに標高1300メートルくらい
清水牧場チーズ工房への看板前から、スノーシューを装着して、いざ!

「あゝ野麦峠」の舞台となった旧野麦街道。行き倒れそうな人を救うための室が改修し保存されている

その先には行き倒れになった比丘尼の碑もある

昭和に植林されたカラマツの林は、あまり間伐が進んでいない

造形的には美しく映るが

自然林はやはり美しい

1672メートル野麦峠着。標高差300メートルほどを登ったことになる。
主人公みねと背負う兄の像がある。ここでみねが「飛騨が見える」と息絶えたと作品にはあるが、実際には見えない。

会長Tさんの話では
当時は自宅にいて働くのはもっと過酷だ、と製糸工場をめざした少女や町への憧れもあったという。田舎の娘が原宿に憧れるように・・・
?年配のおじさんガイドがしゃれた表現を、と思ったら、東京出身の山男でありました

展望台に小さく観音像が見える。がんばって登ればよかったと後悔しきり。

ホームページInf oAtlasさんから拝借画像

横浜の貿易商の寄付で建造された観音様である。輸出品となった生糸は、明治時代若い少女達が岡谷や諏訪で懸命に働いたおかげだと・・。だから観音様は諏訪方面を向いている

お地蔵さんもいるよ
8年前に寄付を集め、松本市の石工により建てたもの。こちらも遥か諏訪方面を向いている。雪のベレー帽を被り小首をかしげる愛らしいお地蔵さんだ。

 慎重1メートル20センチ?くらい

昼食はガイドスタッフの手作り「豚汁」で温まる
手作り雪のベンチに腰掛け、持参サンドイッチ(おにぎりは凍る心配あり)で腹ごしらえ。美味しかったこと


遠くから乗鞍岳が我々を眺めている。乗鞍岳は、主峰・剣ヶ峰とそのほかに
大日岳、屏風岳、摩利支天、富士見岳などの高峰の総称。
乗鞍高原からは見えない屏風岳がここ野麦峠からは見える。
左から屏風岳 大日岳 剣ヶ峰。手前のお碗は高天ヶ原

美しく輝くウダイカンバ(説明を受けた時の記憶が間違っていなければ)
の冬芽。やわらかい陽を枝いっぱいに感受し、とにかくとにかく美しかった

このような過酷な道を今では、美味しいものを食べ、暖かいお茶を飲み、防寒服に身を包み、わらじの代わりにスノーシューを履いて・・・・
春になれば車で岐阜方面へ越えられる観光道路もある。
感謝せねばバチがあたる

新緑のころ再訪したいものだ

余談1
スノーシューとは?・・と検索したら
ネコの一品種。アメリカ原産。短毛種。四肢に白い斑点を持つのが特徴で、名前の由来でもある。なめらかな被毛と、やや長めの体を持つ。
あらら~
人好きな性格で、雪ぐつをはいているように見えるところから命名されたそうです。

まっ、和かんじきの西洋版といったところです

余談2
奈川自然案内人の会が探しあてた「ミズナラの巨木」を松本市の巨木指定に申請していると、会長さんは嬉しそう。
巨木にはカツラやブナやヒノキなどは多いが、ミズナラは珍しいと思う。
(Web検索では、岐阜大学位山演習林内のミズナラが記録されていた)

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乗鞍高原でスノーシュー


歩き始めて2時間くらいの東大ヒュッテ広場から仰ぎ見る乗鞍岳の絶景
ガイドさんも、こんなにいい景色が見られるなんて、なんとラッキー!


冬以外のトレッキングしか経験がない
いつか雪の里山を歩きたい!を実現できたのは2日。

自宅から集合場所の乗鞍高原温泉休暇村まで1時間40分ほど。松本市安曇の入り口あたりは吹雪だったが、高原への道を走る頃には青空と雪と林立する白樺に心躍る。

標高1600メートルまで2回のリフトで上り、レンタルのスノーシューを初めて履く。

ストックも大活躍

リーダーの注意事項を念頭に、比較的自由に自分の道を歩めるのがいい
この雪の下は笹の藪で、別の季節なら歩けない場所

フォークという愛称の古木

年老いたマツに着生するサルオガセは、まるで”とろろ昆布”
これは地衣類というれっきとした植物

マツ科のシラビソに出会えた
以前八ケ岳のシラビソが美しいと聞いていたが、なんのなんのこの美しさ

カラマツ、シラカバ、ダケカンバ、コメツガ、シラビソなどの樹木を見たが、
やはりシラカバの林がダントツだった

おまけ
因みにこの画像(元サイズ)は、今パソコンのデスクトップを飾っている

【6日追記】
○この日のトレッキングは、9時30分から13時まで3時間半の行程。入門者にはうってつけコースだった
○お世話になった主催は「松本市安曇公民館・大野川婦人学級)
代表世話人もサブスタッフもボランティア。参加者は圧倒的に熟年組だが、ガイドは若手3名。岐阜で活動のメンバーだった(名前を失念、ごめんなさい)
なかなか親切でありました。
○格安経費1000円(地元のレストランで昼食)スノーシューレンタル代500円。リフト代600円・・・・
以上でした。
■シラビソのよくわかる説明を栂池高原ホテルの日記から拝借しました

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広く世に出す


有効な宣伝にはアイディアがいる。
そして続ける事も大切

安曇野から東北寄りに生坂村がある。ぶどう・巨峰で有名な村だ
その生坂村役場が11月9日「大城・京ケ倉トレッキングツア」参加者を募集している。

 一部抜粋

私は今春、村役場から地図を送ってもらって仲間と登った。
その様子は京ケ倉トレッキングで。

商品でなく地元の山へ『大城・京ケ倉を広く世に出そう』のキャッチコピーで勧誘している。
そう、おらが町や村を知ってもらいたい、来て欲しい、観光化したいと思うのは人情。
この戦略のいい点はハコモノを伴わない。経費があまり「かからない。
前回照会をかけた時の役場職員さんの応対に、意気込みと情熱が窺えた。
詳細は生坂村役場のホームページ参照

余談
京ケ倉コースで見たひと目惚れのヒカゲツツジを、穂高の山野草グリーン「美千草」で入手し育てている。
山野草はこの店が一番お気に入り
電話:0263-82-2984  
定休:水曜日

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涸沢ヒュッテ~パノラマコース~上高地へ


28日夜明けだよ~。ぶるっ寒い!


ヒュッテ前から前穂高(中央ギザギザ山)を望む


朝食後6時半にパノラマコース”屏風の耳”を目指して出発

7時半頃、はるか左峰に槍ケ岳の頭を見る

ひたすら歩く

岩の道、ロープ・鎖を伝う道。怖さを表現する写真を撮る余裕がない。
「○○さん大丈夫かい?」と理事長先生から声がかかる
「はい、何とか」
「後ろを見てご覧!」
「きゃ~」
帯になったメンバーはずいぶん下に見える。必死で黙々と登るので標高差に気づかない

まずコルへ到着
コルとは山の鞍部(あんぶ)。峠。ここへ荷物を置き、お茶と携帯電話(カメラ)を持って屏風の耳へ急登40分くらいか。
標高2565mへ
屏風の耳頂上からの槍ケ岳。いつ見ても凄い

人気コースなので、ここでコースのおさらいを拝借画像で・・・

(8時発)河童橋~明神~徳沢~横尾~本谷橋~涸沢ヒュッテ(3時半着)
(6時半発)涸沢ヒュッテ~パノラマコース~コル~屏風の耳頂上~コル~奥又白~新村橋~徳沢~明神~河童橋(4時着)

再びコルへ戻り、岩の道を下って奥又白(岩がやたら白い谷筋)で弁当昼食

 ご飯やや硬し。でもありがたい
揺れる新村橋を渡れば・・・あと一息。
ほぼ予定時刻に河童橋へ到着。


こまめに休憩を入れ、無理をしない山行である。
前回の鹿島槍登山での歩行訓練が功を奏し、たいした疲れもなく午後6時前に無事自宅へ帰還。

パンフレットにあるような”全山真っ赤”ではなかったが、緑橙赤のグラデーションも奥ゆかしさがあっていいなと思った。負け惜しみでなく・・・・

いくつかの花をみたが撮影の余裕がなく、初めてトリカブトを見たので記念撮影

余談
梓川畔を歩きながら仰ぎ見る前穂高東壁を舞台にした井上靖著「氷壁」(1963年)2006年1月にはNHKにてテレビドラマ化されている。その頃は全く関心なく、今の私を誰が想像したことか!

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上高地から涸沢カールへ


登り下りとも殆ど岩だらけを歩いたので、今日の筋肉痛は久しぶり。
パソコンが”からさわ”で変換しない。こ(涸)+沢=ちょっと面倒・・・”こさわ”でOK。やれやれ

松本ヒマラヤ友好会企画の「紅葉の涸沢・奥又白を行く」に参加の1泊2日山行 
涸沢ヒュッテから「屏風の耳」(標高2565m)へ登り、頂上から360度グルッと山やまヤマだらけ。

紅葉の時期9月下旬頃に写真で紹介される涸沢カールとは
カール【Kar】 けんこく【圏谷】
氷期に小規模な氷河が侵食した地形で、山と山の間のお椀のようなU字谷。


想像していたより紅葉は進んでいなかった

27日5時15分、自宅を出発し三郷小倉付近で朝やけを拝む。上天気の予兆

27日7時 沢渡(さわんど)第2駐車場に集合。大きな足湯が開設された
タクシーに分乗し上高地へ移動(4000円/台)5人乗りタクシーも待てばあります。
明神まではハイキング気分 河童橋では標高1500mくらい(五千尺っていうから)
途中、梓川岸から山を眺め

かもが「気つけて行きや~」
「おおきに」とその後の過酷も知らずルンルンで明神方面へ向う

徳沢~横尾山荘前で昼食 
本谷橋(つり橋)を過ぎて石段のぼりが続く

3時半頃だったか?涸沢ヒュッテ到着 標高2300mくらい

 

 吹流しが風をはらんで元気に泳ぐ
ヘリコプター発着の風読み用かな?

東天井岳(だと思うが)の夕景

女性部屋は新館? トイレ完備のゆったりスペース
夕食まで登山講習や恒例の山の歌合唱。その後は宴会気分で、Hさんの「正調安曇節」が披露された

さぁお待ちかねの夕食は18時から。
ハンバーグは冷めていたけど、味噌汁が温かく美味しかった

 今夜はワインで乾杯

ん?「涸沢氷河ワイン」 オリジナルラベルには山梨○○ワイナリー

ここは穂高岳だよー。そりゃないんじゃない?
支配人だと思ったが社長さんらしい・・・山口さん!

テイスティングと仕入れ価格と旧知の仲とかで、きっぱり安曇野産に変更可能なし。残念
ワインのおかげでバタン・キュー。何処でも眠れる優等生である
まずは皆様お世話になりました

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爺ケ岳~鹿島槍ケ岳


鹿島槍ケ岳は”M”の山(手前が南峰)


天気の良い日に安曇野からでも遥か彼方に、M字に見える特徴のある山だ。
最近イベント続きで迷ったがM君に呼ばれているんだと直感 松本ヒマラヤ友好会 主催の講習登山に初参加した。

爺ケ岳は入門コースと聞いていたのでホイホイと出かけた。が鹿島槍ケ岳まで縦走となると・・・
時間・距離を無視した高低差イメージ図

■往路—–27名の真ん中あたり
ちょい悪おじさん風とみたが、なんのなんの優しい気配りW先生の後ろについて歩く。
下ばかり見て歩くので、うっかりW先生のリュックにぶつかること数回
不安定な足取りに心配そうだ。遅れないようガンバってみる
7時30分、1350メートル登山口発。ケルンを過ぎて急登を無事超える。
落石注意の看板には要注意と指導があった。上に熊やサルが通ったり食事中だったりで石が落ちて来るそうだ。わざと投げつけているのではない。そして雪渓を横断する

まもなく昼食をとる種池山荘手前に、土留めだろうか?白い花咲く古タイヤ。
ちょっと違和感が・・・

 種池山荘は標高2450メートル
12時30分爺ケ岳へ出発
左手に剣岳を見ながら、ヤレヤレと思ったら爺ケ岳の南峰で、この後中峰に登る。

 2669メートル
下って今夜の宿 2410メートルの冷池山荘へ。キッチンでは我々の夕食を若いスタッフが配膳準備をしている。

青春してるぅ~ロマンチストの山男山女達
午後6時ころ、山荘前広場で団体さんが車座に腰掛け飲んでつまんで歌っている。わがチームの恒例セレモニーだそうだ。
出発前に頂いたガイダンスに山歌の歌詞がいくつか掲載されていたのは、この為なんだ。
信濃の国(県歌)も聞こえる。
仲間に入り”今日の日はさようなら”を肩を組んで歌い、そして夕食に向う

午後8時30分にはバタンキュー・・・

左:朝焼け  右:朝日を浴びながら朝食弁当(ちらし寿司) ペロリ・・・

午前6時山荘出発、一路鹿島槍ケ岳へ向う
途中もうひとつの布引岳へも登り、上がったり下がったり忙しい

 2683メートル
遠くの山は剣岳。富山県側だ
気象の違いで、長野県側はガスが上がっている

午前8時 鹿島槍ケ岳南峰頂上着!体がふらついているのでなく標識が斜め

 2889メートル

8時30分に下山開始→冷池山荘→昼食→種池山荘でアイスクリーム→柏原新道で午後4時5分登山口着 
■復路—–大先生(理事長さん)の後ろへ着くよう指示を受ける
△まずレクチャー
下山の時間配分は大切。
体力は落ちているし、休憩もこまめに必要である。
下山は登りの2/3で下りたい。
ストックはあくまでも補助。自分の足と登山靴を信じる
ベテランは、下山行がノロノロするとかえって疲れる
『講習登山にベテランメンバーからノロノロ歩くと指摘されてもなぁ・・・』辛い。
『しかし下るんだから、当然早いだろうに』と不思議がる私

△そして実践
着地点、特に石場の靴の置き所をすばやく見つける
砂地でも埋まっている石の手前に着地すると安定。ストッパーの役目をする
たとえ浮石でもしっかり着地すれば問題なし
歩幅を小さくし、靴底全体で着地すること。歩幅が大きいと膝に負担がかかる。
風に吹かれる如く体を前に投げ出す・・・など

『そっか、人生を投げればいいんだ!』などと訳わからぬ理屈で、先生にピタッと張り付く。
出来たよ~、自己採点80点。いつだって自分に甘い私。
後ろで見張ってくれたS先生に尋ねると「良くなった!」 う・ふ・ふ

トウヤウリンドウも祝ってくれた

結局午前6時出発から休憩、昼食、おやつをはさんで午後4時まで、実に10時間の下山行だった。ふ~

■総括
「心肺機能が良い。筋肉もまあまあ、あとは歩行技術を体得すれば、いい登山が出来る」と、理事長先生におだてられる。
ある時、先生がズルッ!と滑ったので、”弘法も筆の誤り”と言うべきところをうっかり”サルも木から落ちる”と言ってしまった。
私の場合”豚もおだてりゃ木に登る”ってこと
二日後の今日になっても筋肉痛は軽い。やはり登山技術だ

心肺が丈夫だと、この先認知症になった場合、徘徊タイプになりそう・・・それも辛いなぁ
        
おまけ
このところ市民タイムスや地方局で、信州での中高年登山者の遭難増加を報道している。
無理は禁物。荷物量を最小限にとどめる。天候不順に気をつける。
だらだら下山するとかえって疲れるなどの注意事項があった

体が許す限り無理なく安曇野や松本から見える山々を歩く、好きな上高地の秋の涸沢カール、近場の里山探訪をしよう  

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燕岳ふたたび


燕岳は”アルプスの女王”って呼ばれるそうな
7月22~23日、ふたりの女王に会いに・・・登山口から1300メートルを登る

筋肉痛にアップアップしながらやっとこさblogもup。
しかし改めて写真を見ると「次は上高地へ縦走するか!」 ゲンキンなもの


今を盛りのコマクサ。はるか彼方に槍ケ岳


コマクサは”高山植物の女王”
砂地の中で3年を過ごした後、駒(馬)面の女王はお出ましになるという貴重な花である。

大阪の友人が「さわやか信州号」で穂高神社に早朝着
同じバスから降りたご夫婦と相乗りタクシーで中房温泉登山口へ。
今回はバックカントリーで予約の弁当を朝食とした。リュックで重いかお腹で重いか悩むところだが、お腹に収めて登山開始。
やや薄曇だったので順調に歩を進め11時30分、燕山荘着。
花木に詳しい友人から、登山道沿いに可憐に咲くいくつかの名前を教わる。
コマクサの開花にあわせて日程を選んだそうだ。雨天でなくて良かった!

夕日とご来光は、昨年10月登山にかなわないけど

燕山荘まであと少し・・・にヤマザクラが咲いていた
直後に残雪が見え

  
燕山荘への最後の階段を踏むと正面に

左を向くと槍が・・・

燕岳

花崗岩の動物オブジェ

イルカ ? ライオン(眺める方角によるわなぁ)
予想より暖かかった日の出(5時前)

5時半には下山開始し3時間半で中房温泉着
しゃくなげ荘の温泉で汗を流し、カフェ・ガルニで昼食後帰宅へ。
変わらぬメニューを丁寧に、変わらぬ笑顔と豊かな会話で接待を受け、疲れた体にテラスの風は優しい。

余談
JR穂高駅前の登山用品 バックカントリー穂高
腹持ちの良いお弁当は美味しかった。要予約

穂高神社鳥居下というユニークな立地のパン屋 こっふぇる梅太郎
調理場の明かりに夫婦仲良く立姿が見えた。4時すぎ頃は生地の分割作業中だそうな。
美味しいパンはこうして作られるのか。これからはいっそう美味しく頂けることだろう
燕山荘玄関から突き当たりの階段踊り場に、畦地梅太郎の「山男」レリーフがかかっている

  オーナーは畦地梅太郎のファンだ

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ヒカゲツツジ咲く京ケ倉

初めて見たヒカゲツツジ(日陰躑躅)一目惚れです

右画像、わかりにくいですが、岩の細い裂け目から茎を出すど根性ツツジ

↓参考イメージ解説は全くそのと~おり
ヒカゲツツジはツツジとシャクナゲの中間のような感じ。枝先に集まって咲く花はキバナシャクナゲのようだが、葉はシャクナゲほど厚くなく、薄い革質でシラカシの葉のような手触りで、ややつやもある。山の岩尾根や谷川の岸壁などに生える。

詳しい人の話では、よくわかる特徴は—レンゲツツジより葉が大きく花は小さく薄く繊細—

近場のトレッキングは”京ケ倉”。山でもなく、岳でもなく、峰でもない山の名”京ケ倉”
岩が多く何箇所かの木製はしご・ロープの世話になる登山道で、一気に上るため1時間くらいぜーぜーする。
標高990メートル、山に中にぽつんと立つコブシが美しかったのと、なんといっても感動的なのはヒカゲツツジ!関東地方以西、四国、九州に分布するツツジだそうです。
あいにく北アルプスは雲の中

国道19号線生坂付近で見える三角山で、最近人気上昇中とか。
登ってわかりました。低山の割にはスリルがあり、晴天なら北アルプス一望の山です。生坂村が登山マップを作成し力を入れています。左の台形は大城山。車2台を分散駐車し縦走しました。

万平側(生坂小学校奥)からスタート

  売出中だけあって、標識は親切です

庚申塚、屋根つき双体道祖神(女性が大きな徳利、男性が杯を持っている)
屋根は、藁で美しく編んであります

左隣の石塚の下部にすりへっているが「見ざる言わざる聞かざる」が彫ってある

小さな広場に「見晴台」があり、蛇のような犀川が鈍く光っていた
ところどころに北アルプスがよく見えるよう木を伐採し、ビューポイントを設えてある。売出し中ならではの配慮だ。

頂上手前は、背中のとがった石の動物の上を歩く感じで怖い。
ロープはあったが、一瞬引きそうになった。がここまで来たからにはと続ける
頂上で弁当を広げた数分後、反対側から登ってきた団体約40名のパーティーが到着。ほとんどが女性だ。
口々に「すみませんね、どうぞそのまま」(それほど広くない頂上広場)といいながら、「ここしか広場はないから、さあお昼にしましょう」ときた。
多勢に無勢、広げたままの用具を持ちスゴスゴと先の道へ移動。団体戦レジャーを好まない所以である。

尾根歩きで隣の大城山へ向う。でっかい石があって、ひぇ~これを越えるのかとびびったけれど、左へ巻き道がありました。

薄ぼんやりながら、わが有明山ほか北アルプス・安曇野平・池田町・遠く松本平も見える隠れた魅力山です。

大城山から後はほとんど問題なくだらだらと落ち葉を踏みながら下り一方。
よく整備されたコースでした

付録
なにかと参考にしている山サイト中島さんの京ケ倉

おまけ1
偶然近場の2日続きトレッキングだったが、筋肉痛はたいしたことないと見栄をはる。
向かいの小山にパラグライダーが揺れてる。スカイ・スポーツ・パークは国道からすぐの公園らしい。

おまけ2  駄句3点
■初見なり ヒカゲツツジの 清らかさ
■山中の ヒカゲツツジは 一等賞
■ヒカゲでも 魅力あふれる ツツジかな
お・そ・ま・つ—–失礼しました  

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山桜トレッキング

隣の池田町陸郷の山桜トレッキングは6回目だそうですが、私は始めての参加。大勢の池田町ガイドマスター、夢農場、高瀬ライオンズクラブほかの協力を得て、至れり尽くせりの8キロ5時間トレッキングでした。

山間にひっそりと佇む山桜を見た——-かったが
なかなかそうはいかない。いきなり・・・地元企業水野建設の花咲爺ならぬ社長さんの20年3100本の桜です。

ここはラベンダー畑が有名で、6月中旬から見ごろになるそうです

池田町は童謡『てるてる坊主』の作詞者浅原六郎の出身地です。そこでてるてる坊主のおかげで、曇り一時雨予報→曇り予報→晴天となりましたという挨拶になる。

さあ歩き出そう
神社や道祖神がありここは最近まで集落があったことがわかる

奇勝『ままこ落とし』の真実は?
奇岩を真正面に見るコースではなかったので、拝借写真
池田町や隣の生坂町から高く遠くに見ることが出来る

この一帯は堆積岩で、崩れやすく来年同じ光景がみられるか保証の限りでない。
すり鉢のへりのような絶壁脇の細い道を歩く。鎖やロープはない。先頭さんの歩みが早くて撮影できなかった。

歴史的には、当時の後継者争いに、先妻の子どもが邪魔で後妻が継子を突き落としたという。姨捨てなど女には辛い昔話だ・・・

ではこの標識は何?

まま子はまずいと考えたのか、口当たりよく当て字をしたらしいけど、実際歩行中は怖い道で、癒しスポットにはならなかった

  光る白馬三山が写っているはずだった

  古木の幹に新しい生命

  こんな光景が好きです

石だけどこれは? 高機能石詰かご「じゃかご」というそうです。仕事は土留め
セメントを使わない、再利用も可能とこれもひとつのエコ?

丸い石は川にあるもので、積み方は良く見ると3段で、1段づつ左右に向きを変えています。隙間を少なくするためでしょうか。じゃかご方式は地震にも柔軟に対応できるといいます。
調べると
古来「じゃかご」は、使用する材料により、「竹籠」「柳籠」「藤籠」などと呼ばれており、日本では安土桃山時代から使用されたといわれている。写真のは針金の籠でした。
このような歴史的な資材に着目し、自然観や歴史観を踏まえた新たな研究成果として「多自然型じゃかご」として最近見直されているそうです。

  これは新しい石なので、現代工法によるものだと思います。
昔近所の明科地域で始まったのが全国に広まったという説もあるとガイド氏。
これはまだ確認していません—–

道草食ってる間に桜仙峡に到着。

バックにヤマザクラが点在している

無事完登。
お帰り!と、さくら茶やお餅の接待、地元企業さんから豆乳の差し入れがあったり

  さくらソフトクリームを食べました。300円なり
ほのかに香りがしたようなしないような・・・・。ラベンダーのソフトクリームもあります

おまけ
わが班のガイドマスターは愉快な方で、山道で、「ここは僕の通学路だった」という。通学バスは朝夕の2回だけ。乗り遅れるとこの道を抜けて、次のバス停で乗車したんですって。
ソウル、バルセロナ五輪代表だったマラソンの中山竹通選手(現在は監督)は池田町出身で、やはりこの山を通学路だか練習路だかにしていたそうです。
参考資料
じゃかごの勘所
気に入らないけど護岸工事にも採用されていますね。