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3月も もう5日、ラフティング初体験に歓喜する

4日~5日は

昔から
1月はいく 2月はにげる 3月はさる、などと日のたつのは早いことを表現。全くである。
朝の外気温はマイナスでも晴天ならGood day
写真左:ひさしぶりの撮影 有明山の朝焼け
写真右:帰り道、のんびりまどろむボンネット上の猫2匹(鋼鈑が電気カーペット)
     どなたか一句よろしく

横浜からのお客人たちは、
4日のスケジュールを大王わさび農場→蔵久→ちひろ美術館にしぼり、青空の常念岳はじめ
北アルプスや白馬連峰を眺めながらゆっくりとドライブ。
晴天なら「私は晴れ女」と自慢し、雨天なら「誰?雨女は」と人のせいにするいつもの旅気分は、
揉めること無く過ぎてゆく

写真左:雲の上に頭を残す常念岳
写真右:遠く白馬連峰まで

写真左:わさび農場駐車場近くで、木のてっぺんに白鷺が羽を休める
写真右:観光客のまばらな、シーズン前の水車小屋も風情あり

写真左:ちひろ美術館内、広いガラス窓に有頂天な子ども?
写真右:賑わいシーズンを待つ、リゾート感覚のパラソルと木製の椅子がある陽だまり

この美術館の人気の高さはおそらく安曇野一
大人の方に是非お勧めです

3月5日は「水辺のつどい」という万水川を深く知るための、イベントに参加しました
ラフティングボートで約30分の体験乗船。
わさび農場駐車場そばから犀川本流に出たところまで。
30年に一度あるかないかの洪水災害にそなえて、川の護岸工事計画が
もちあがっているという。今日はその万水川とそこに生息する魚や鳥や植物の素晴らしさを
無料で体験できるイベントです
写真左:安全に遂行するために楽しく注意を促すスタッフ
写真右:ヘルメットのガムテープ名札に、父は「おやじ」娘は「m」 楽しく過ごす極意

写真左:初めてだけど少し予行演習して、いざスタート
写真右:水量の少ないこの時期だが、スムーズに流れてゆきます
     釣人の前を通過するときは「ごめんなさい/どうもありがとう」の心で・・・・静か~に

自然保護のあり方は、もうすこしキチンと勉強しようと思います
よいきっかけになりました

お客人たちは、午後2時18分の特急「あずさ」乗車に間に合いました。
今日のラフティングは安曇野の景色のすばらしさとともに最高のお土産になった!と熱い
喜びメールが届いています。
催行担当の「わんだー えっぐ ネイチャー&チャイルド」のスタッフの皆様お世話になりました

おっと遅れてしまった3月のカレンダーは
八坂村の郷土かるた「春らんの 花山里に 春を告げ」

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♪もうすぐ春ですよ~

3月3日のち10時から・・・・ちらほら小雪
今朝6時の外気温は久しぶりに-2℃でした
大阪在住時代よりいっそう春を待つ今日頃です

今日は雛節句
贈り物の京都・醍醐楽焼窯の陶器のお雛様
男雛の高さ11センチ 幅7センチ 奥行き4センチと小ぶりだが素朴な色づかい

安曇野市穂高有明の「灯り」さんでこぶりな陶器のオリジナル雛人形を展示即売展を開催中
高さ7~10センチくらいですべて顔がちがうデザインです
1500円からとお手頃、こぶりなので年中飾ることも出来ます
(写真とデザインは違いますので念のため)

写真左:12月からまだ頑張るシクラメン
写真右:1鉢400円ながら大盛況の水仙。美しさはお金では計れません

屋外では
写真左:芽ぶきはじめたモミジの枝に雪塊がぶらさがっている
写真右:枯葉を隠れミノにぶらさがる蓑虫(長さ4センチ)か?
     蓑虫って小さい枯れ枝を編んで袋にしたものだと・・・これは何だ!

本日横浜から、20年前再就職の頃お世話になった元同僚が若い旅友とやってきます
もうすぐ春ですよ~ 楽しい3日間の始まりだ 

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雪の飯山から小諸へPart2 小淵沢~明科へ

2月23日午後1時30分
駅へ向かう道沿いに「シェイクスピア美術館」の看板を発見。
「ウン?」一瞬この地には似合わない気がしたが・・・

さる由緒あるお屋敷の後にマンションが建ちました
そして2年前、”町おこし”にと個人美樹館がオープン。しかも別オーナーのマンションの
1階部分にである。
見学したかったが、「本日は2時開館」の札に断念。
どんな展示館だろう、帰宅後電話で聞きました。
大変立派な作品ぞろいだそうで、30年かけて収集された銅版画100点の一部を展示している
とのことです。
私はまだ鑑賞していませんので、Webサイトを紹介。
小諸方面にお出かけの折は訪ねてみてください

ここからもと来たしなの鉄道で帰れば2時間だったのに、15年前に乗ったJR小海線に乗りたくなって、
小淵沢経由中央本線松本~明科へ4時間かけて鈍行の旅。つくづく暢気・・・
どこの駅でもJRホームには”ここは●駅 ←は▲駅 →は■駅”と白い看板がたっているが、
いくつかのホームに、もうひとつ別のご当地の風景や特色を表現したカラフル看板があるではないか

イメージを伝えたくて、トホホな写真で申し訳ないが「信濃川上」です

JR東日本長野支社企画課の話では
JR長野支社が2005年から観光客の多い駅に設置しているもので、現在進行中も含めて
3月末までに36駅名板が整備されるそうです。
わが大糸線にも8駅あるではないか。う~ん気づかなかった・・・・
関心ある方は下記駅のホームで見つけてください
松本 豊科 穂高 信濃松川 信濃大町 白馬 神城 南小谷 

ここから行ける名所 ○○ 北へ5Km の看板とどちらが嬉しいか、意見の分かれるところだ
小海線にはJR日本最高駅「野辺山」(1345メートル)がありますぞ。
小淵沢駅(コブチザワ)で中央本線に乗り換える時、トイレ拝借で通路をたどると、
12枚の大きなサイズの油絵が並んでいる壁があり、板に描いているようだ

つまり小学1年生から高校3年生までの12枚の絵である。
一片の落書きも見つけられなかった

実は田舎暮らしの土地探しの中で、小淵沢はどうかと勧められたことがあった。
雪が多いので大変だろうと採用しなかったが、なんのなんの沿線は結構新興住宅地の様相であった。
小淵沢駅ではラッキーなことに1本/日しかない「明科行き」(松本で乗り換えなし)に乗車し
17時58分無事到着した。昨日の明科駅での駐車代金は2日分で1000円
乗車券を買えば預けられる。但し空きがあればの話だが。

穂高駅にもこの「日割り駐車場」が3月1日から開設され500円/日で4台分、と地方新聞に
掲載があった。因みに穂高駅発着の往復乗車券が必要だそうです
飲んだら乗るなの「代行サービスタクシー」といい「日割り駐車場」といい面白い制度だ。
車が足代わりの、地方ならではの慣習なのだろう

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雪の飯山から小諸へ Part1

22~23日小旅行へ
飯山は静かないい町です。
しかし阿弥陀堂も正受庵も雪と改装のためタクシーでも行けませんでした。
「また来なさい」と宿題を課せられたよう。
写真左:踏み切りから見たホーム
写真右:正面入口の投句箱
     近頃、駅にはよくみかける。俳句をたしなむ人が多いのだろう

駅から徒歩2分の角に、素朴な笹ずし店の「大将陣」がある。
以前は何軒かあったようだが、この近辺ではここだけ。
雁木通りを町歩きをしながら、うなぎの「本多」
たいそう旨い県外からのお客人も多いそうです
本日は白焼き丼を頂きました。お重では分量が多すぎる

たれはさっぱりしょうゆ味。薬味はやっこねぎ、白ゴマ、おろししょうがとわさび。
うなぎは2切れあるので、わさびとしょうがに分けて2通りの味を愉しむ
いやぁ、ごちそうさまでした

ぶらぶら歩くと、本多さん御用達の田中屋酒造の前に着く。銘柄は「水尾」がメイン

無理を言ってラベルを頂きました。お酒のラベルのデザイン、文字、色使いが好きです。
今ではラベルをくれるところも少ない。

時間が余ったがJRの本数がすくないので長野まで戻り、八幡屋礒五郎で七味を買うことにする。
気のせいだと思うが、ここで買うのがいい香りがする。
長野駅前から100円バスで善光寺門前へ。時刻表はないが循環している。
写真左:バスストプ。川中島バスの女性ドライバーの接客がなかなかの高感度だった
写真右:善光寺郵便局の古いデザインと赤い車がベストマッチ

飯山が不完全燃焼だったので小諸へ出ることにした。小諸も静かな町です。
写真左:しなの鉄道の駅舎からしてモダン
写真右:懐古園側とロータリー側の連絡通路は、ガラス面を広くし風景がよく見えるように
なっている。観光スポット写真がひっそりと数点展示してあるだけで、よくあるこれでもかの
観光ポスターがないのはさらに好感度

小諸といえば懐古園が有名ですが、今回は小諸義塾記念館をたずねた。小さな建物で、
移転を繰り返してここに安住。
もともと私塾だが現在は小諸市が管理運営しているせいか受付嬢は愛想がない。
写真左:小諸義塾記念館正面
写真右:その右にある「惜別の歌」の石碑。藤村の詩に曲をつけ昭和19年から盛んに唄われた。
     (再び二木紘三さんのWebサイト歌声喫茶を拝借しました)
     スイッチひとつで石碑から歌を聴くことができます。心静かに聞きましょう

安曇野にも相馬愛蔵(穂高出身、新宿中村屋の創業者)が創立、井口喜源冶が塾頭を務める「研成義塾」があった。
国道R147YAMADA電機から少し西へはいった処

当時の建物はなくひっそりと碑が建っているのみだが、穂高駅前の「井口喜源冶記念館」で当時を偲ぶことができます。
小諸義塾にもどろう。創立者の木村熊二は剛毅な人物だったようだ。明治女学院の創立者でもあり、島崎藤村は、明治女学院で教師をしていた時代があり小諸義塾でも英語と国語の教師であった。明治女学院は相馬愛蔵氏の奥方の出身校でもあります。
明治時代の、貧しいが教育に情熱を燃やした共通の思想をみることができます。
そして藤村は「千曲川スケッチ」を著す。ここにきてやっとかねてより訪ねてみたかった旅館中棚荘が登場します。勿論当時はりんご風呂などないのですが・・・

では「中棚荘」「への道を下ります。駅から徒歩15分


ちょうど昼時なので、温泉の準備中を利用して別館「はりこし亭」へ
重厚な建物は130年前の移築建築です

さてりんご風呂(季節限定)

写真左:石を配した丘を上がる温泉への階段は60段、若者向けだわい。男性風呂までは50段
写真右:浴室と奥に露天風呂

パンフレットの写真では浴槽が大きく見えるが、奥のりんごが浮いている浴槽は
2.5×1.5メートルとやや小ぶり。オンシーズンはおそらく倍サイズでしょう
その日は大小45個のりんごが泳いでいて、一番風呂でもありいい香りがしました。
りんごは毎日入れ替えです
かりんと好きはご当地「依田」の手作りかりんとうを2袋買って駅に向かった。

駅へ向かう道沿いに「シェイクスピア美術館」の看板を発見。
「ウン?」一瞬この地には似合わない気がするが・・・(Part2へ続く)

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巨大ボーリングピンの正体

2月22日午後。もう春が来たかと勘違いするほどの暖かさ
しかし騙されてはいけない、明日から「寒の戻り」予報です

道端に巨大ボーリングピンが立っている。
写真左:池田町1丁目交差点を東へしばらく走り、左へカーブをきった途端に出現
      ピンと木々の間から遠く北アルプスの白い峰が覗いています。
写真右:窯元の建物。築100年以上の古古古民家です

どぎまぎするほど大きく、おそらく高さ5メートルはある。
所有者はすぐ前の「相道寺焼の窯元」宮澤さん。”あいどうじやき”と読む

経緯はこうだ
ずっと以前明科町との境界近くにボーリング場があって、建物の上にド~ンと立っていた。
約30年前の閉鎖に伴う取り壊しの運命にあったピンを、当主が看板にするつもりで入手し、
しばらく寝かせていたのだが、20年前くらいに土台を造り立たせたそうです。
窯元だからといって陶器ではありません。
現在文字も絵もなく真っ白のまま、ただ立っています。
建物の周りや陶芸教室には、昔の小学校のモノと思われる机や椅子がいっぱいありました
懐かしい、欲しい

ピンについて何かアイディアが浮かんだ方はWebサイトから提案メールを送ってみてください

余談
近辺の散策地図ですが読めません

近くには「俳句坂」なる隠れた名所?もあるそうです
今回は行けませんでした

ボーリングピンと窯元の間のこの道は「美しい日本の歩きたくなるみち500選」
中部ブロック・長野県第1位に選ばれています
北アルプス展望の道として、池田町のクラフトパークから大町市の国宝仁科神明宮までの
東山沿いの道です。こんな本も出版されています(写真はamazon.comから拝借しました)

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「安曇野の観光を考える会」を考える

2月18日(土)松本大学のシンポジュウムに参加した
出席者が60名と盛況だったが、人数が多すぎて自由討論形式では時間不足、消化不良気味だった。
出席者の殆どが、旅行業・宿泊業・美術館ほかの文化施設・農家・飲食業・サービス業などと
私のような好奇心家は少なそうそうな印象だった。
一種の産学協同のような、松本大学4月新規開講「観光ホスピタリティ学科」に連動し、
安曇野の低迷化傾向にある観光のあり方を討議するという主旨だった。
3月4日の第2回はこの自由討論(交流会)を踏まえ、出来る得る具体案を見出したいようだ。

私の場合以前の旅行者としての印象と、住んでみた上の感想とは少し隔たりがあるのは当然である。それは見えにくかったことが少しずつ見えてきたことであろう。そしてうわべしか観てこなかった元旅行者が、地元行政や県政に「うん?」と疑問を持つようになったことだ。
観光論理
人を呼び集める
→道路・建物・店(飲食店や物産店)を充実させる
→交通網を拡大する
→大きい道路を新たに作る
→やがていつの間にか環境・風景破壊が進む

少なくとも今ある状況をこれ以上破壊しないことが、エコ・ツーリズム、グリーン・ツーリズムに繋がるとおもうのだが、どうだろう。
行政側には、建物の屋根色ほか建築条件の整備と規制を図ってほしい。道路はこれ以上増やさないでほしい。
住民や各業者さん達だけでは限界があります。宿泊費が高くて家族4人で2泊3泊4泊と滞在型の実現などは難しいですね。ここらあたりの支援ができ、異業種交流を図るならネットワークを充実させ、相互と複合で観光客の経費負担を軽減する。
とここまで考えてきて、しかしやっぱりこのままの”自然がいっぱい安曇野”がいいなぁと嘆息する。

会場へ向かう道からの常念岳

「安曇野ブランド」に酔っている感は否めない。
長野県人特に安曇野という地域は、昔から自主独立の精神が旺盛なようです。歴史的に拾ケ堰構築や井口喜源治の研成義塾や義民騒動などそういう風土なので、移住組(Iターン・Uターン)の方々もその精神が好きということもありそうな気がします。

自由討論の中で、自然の他なんもない安曇野が好きだという意見に賛同できるし、それでは当シンポジュウムが前進できなくなるし・・・・。
県外からの移住者は私同様、多分自身の居心地のよさで充分なのだ。

しかし春からお客人がきます
2泊以上はしてもらい、住空間と安曇野の空気を満喫していただきます
料理がへたくそで気の毒だから、おいしい外食もしてもらいます
つまりB&B(快眠とボリューム朝食)もどきか?
あちこち脅迫的案内をせず、まずはご希望の場所へ運転手となる
そしてリピーターとしてお気に入りのお宿・店・施設を見つけていってもらう。
いかがでしょう?

付録
写真左:松本大学のすぐ隣のJAの建物。古い建物が現役です
写真右:そのすぐ裏の火の見櫓。とんがり帽子がステキです。
現役で、半鐘を鳴らし火事を教えてくれるって。すぐ下にある消防車が駆けつけるそうです。

のどかだねぇ

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池桜せっぷん道祖神

外気温-3℃で晴天、”暖”のち”冷”はこたえます
最近「熟年離婚」や「団塊世代の大量離婚」や「年金受給の新制度待ち離婚予備軍」
などとどうも夫婦の問題が危なっかしい。
「こども受難」時代でもある。拝金主義思想も蔓延しているようだ。
ここでもう一度素朴な日本を見直してみよう。

安曇野には、江戸時代中期から後期にかけて石を彫り夫婦(男女)和合を表現した道祖神が
たくさんあります。
(穂高駅前のひつじ屋さんの安曇野道祖神図鑑参照してください)

本来は民間信仰のひとつで、道辻や集落の境などの路傍にひっそりと佇んでいる神様たち。
子どもを守る、旅人を守る、五穀豊穣で農民を守る、悪霊を祓うなどさまざまの役割を
受け持ち、さらに家内安全、商売繁盛、防災、縁結び・・・と忙しい。

微笑ましく、過激でもあり珍しくもある道祖神を昨日見つけました
安曇野市明科池桜
JR明科駅(19号線)を北へ、木戸交差点東入る(403号線戸倉方面)白坂口バス停から山道を北へ上がる

急勾配の細い道を登ること5分。もう限界!標高700メートル付近の民家へ車を置かせてもらう
さらに徒歩3分でやっと到着

おみごと!
江戸時代後期の作品と推定さている。
昭和27年に学者から注目され、パリ拓本展に出品し好評を得たという
民家のご主人の話では、拓本は集落で作成して送ったのだそうです

帰り道、見上げると道祖神のそばにひっそりと墓石が数基並んでいる
現在この集落には高齢者世帯3軒しか住んでいないが、数年前まではもっと住宅があったのだ

民家を辞する時、もうすぐ80歳になるご主人が回覧の配布に2軒を訪ねると言う
杖をついて山道を一周するとおよそ1時間くらいかかるのです。
「ほらあそこに」と指さす方角に小さく民家が見えた。
「何度も嘆願して、最近やっと標識を設置してくれたんだわ。よく来てくれたなぁ」と
満面の笑みで見送ってもらいました

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「第三の男」をチターの生演奏で

本日は一日中雨。朝6時の外気温5度
湿った日には幸運な日!の話をしよう

先日予約したチケットを取りに行き、「早く電話もらってよかった。午後には完売しました。
後は断り電話の対応に追われて・・・」と告げられた。
3月12日(日)の内藤敏子「チター演奏会」のことである
それもそのはず、10時の開店を待って電話したのだ
毎日が日曜日のお気楽人生の特権でもある。

さて、映画「第三の男」
高校生の頃に観た記憶があります。役者オーソン・ウエールズの魅力とモノトーン映像の
美しさ、サスペンスの醍醐味を味わったのを思い出しました。
そうそうラストシーン(女が木立の間を去りゆく)も印象的でした。
詳細は下記サイトが的確に表現しています
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/whiteriver/e4g.html

写真は上記サイトから拝借しました
右がオーソン・ウエールズです

コンサートは全13曲でほかに八十日間世界一周、早春賦、ウィーンの森の物語などを、
あずみ野コンサートホールにて。
内藤敏子さんは演奏活動は勿論のこと、日本で唯一のチターアカデミーの責任者として
チター演奏家・教育者の育成に尽力、秋篠宮紀子妃殿下のチターの先生としても
有名な方だそうです。
「第三の男」誕生秘話(副題にチター奏者アントン・カラスの生涯)の著作もあります。

余談情報
熱烈なファンがウィーン市内に「第三の男ミュージアム」を2005年9月に開館。世界各国のポスターやプログラム、書籍、故アントン・カラスが担当したテーマ音楽のレコードなど800点以上をテーマごとに展示、収蔵する。最近カラスが実際に使用したチターを入手、近く展示する予定とか

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現役かいな? 火の見やぐら

都会ではまず見かけないものに『火の見やぐら』があります。
安曇野に来て道すがら見かけるようになり、あれは現役か?と気になっていた

市役所の総務防災関連部署に聞いたところ、現在は春と秋の全国火災予防週間に、
訓練として鐘を鳴らすそうです。
今なら登って叩く代わりに電話で消防車を呼ぶほうが早い。確かに・・・
しかし別の利用法もあるらしい。使用したホースを掛けて乾燥するのだそうな。
確かに鉄塔は高い
写真にはないが、上の方に3個のスピーカーが方角を変えて設置されているのは、
近所の公民館活動の呼びかけなどに利用される場合もある。
デザイン的にはアルミかステンレスのバケツを逆さまに吊るしているようだ。

以前に安曇野とは別の村で見かけた鐘は立派でした
お寺にある鐘のミニチュア版のようで、音響を是非聴きたいものです

この村でもやはり普段使いはなく、全国火災予防週間の訓練として
朝6時と夜8時に鳴らすそうです。
村の高齢者の方には、訓練といえども半鐘が聞こえたらびっくりされないかと心配したが、
回覧板で事前通知しますので問題ありません! とのことでした。

ここの鉄塔の下部には、昔の消防信号を示した看板が残っていました
一般火災と山林火災に分類し、鳴らし方と余韻の秒数まで決められており、
近火信号、鎮火信号、応援信号となかなか細かい指示書である

今では少なくなりつつある相互扶助精神の名残りであろう

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『2月4日疎水百選』拾ケ堰その後

朝6時の外気温-4℃、12時現在も0℃ですがです

拾ケ堰について田沢橋西の「安曇野農業水利事業所]」で説明を聞きました。
今年の3月で安曇野の排水設備事業は終わります。
『のどかな原風景の残る拾ケ堰』の発見はできませんでした。結論から言うともうないのです。
しかし原風景から大きくはずれない努力と知恵で整備してきたと、制作パンフは訴える。

堰は拾ケ堰だけではない。
立田堰ほか平安から鎌倉時代に築かれ、新田堰・矢原堰も拾ケ堰の前に出来ており、
いずれも現在も現役である。
これら堰は1000年にわたり需要する農家の負担でそれぞれの土地改良区という組織で、
営々と維持管理されてきていることを初めて知りました。

台風や洪水による堰からの溢れた水で田畑や家屋を壊してきた歴史から、
安曇野を守る為の水利事業が、まもなく終わろうとしている
安曇野農業水利事業(農林水産省と一部県)だそうです。
その施策に国や県と土地改良区との軋轢は無かったのか?と心配する。
よそもんの私が、漬物石(みたいな)を積み、サイクリングロードが走り鉄柵を設けて・・・
などと感傷ごとを言うのは憚られる。
う~ん。。。。水路に人が落ちたら誰が責任をとるのかという発想にも見える。

写真左:農林水産省 関東農政局安曇野農業水利事業所発行のパンフ
護岸施工・景観に配慮した用排水兼用水路など工法の説明と、施工前後の比較写真などを掲載
写真右:平成12年発行の20ページのパンフ。堰の歴史や偉業を紹介(発行は同水利事業所)

右写真が今も変わらぬ風景であることを願ってロケ探しに行きます

農業・生活形態の変貌、林業の衰退にともなう山林の荒廃、農地転用による住宅開発、
商工業地域化などさまざまな水使用形態の変化がもたらす影響もあろう。
とにもかくにも排水機能をもつ水利事業はひとつの役目が終了するのである
これからも安曇野の財産である平野、水、山、風、森、空を大切に見守り続けたい
「拾ケ堰応援隊」なる住民参加組織の設立が予定されているらしい

写真:最近撮影の万水川(わさび田へ続く川)
地元の方の話では荻原碌山が住んでいた頃に比べると、最近は汚れてきたそうです