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緊急渡印

20年来親交のあるインド・サルナート在住のお坊様(茨城出身の日本人84才)が
入院後の経過がよくないと連絡がきた。

心配してもしなくても時は過ぎ行く。
「何も食べたくない。体中がかゆい」というのではラチがあかない。

よし、来年春にお見舞い行きの予定をしていたので前倒しを決意。
東京のGNHトラベル&サービスにチケットの手配を依頼。素早い対応でスムーズ。
16日発成田~サルナート往復のe-チケットをゲット。

さてインドへの入国にはビザが必要で、インド大使館にオンライン申請しても
おそらく1週間ほどはかかるだろう。

2016年3月から日本人に限り、空港到着時のビザ申請が可能という制度が、実施されているという。
現在はデリー他5空港のみだそうだが。

そのフォームは、日本のインド大使館のホームページから申請書(Annexure I)をプリントする。
「Visa on Arrival for Japanese Nationals」

サイト各種から書き方注意などをピックアップし、やっこらさと完成。
別に写真(パスポートサイズ)2枚と、申請料は2000Rs.を空港到着時に提出する。
日本円でも米ドル32💲でもOK。できるだけ釣銭のないほうがスムーズだと思う。
※ビザ申請なのになぜパスポートサイズなのかわからん。
パスポートは10年ものだとずいぶん様変わりしているからなのか?
ビザ用の写真はその場で撮影するのかもしれない。

記入内容でヘソを曲げられると、入国不可となる。
イチかバチかの渡印。
ごちゃごちゃ言われたら、最後は泣き落とし・・・・

日本食材や折り紙、私の衣類・食材を詰め込んで、15日成田前泊で出発します。

幸運を祈ってくださ~い。

追記
11月8日発表で
インド「高額紙幣は4時間後に無効、年末までに預金しないと紙くず」情報。
いろいろ事情があるんでしょうが、その突然性に唖然!
私の手持ちは500ルピー紙幣1枚なので慌てることはないが。
Yahooニュースから

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ラダック 再会

ラダック滞在最終日はレーから南へ下り、2014年に見た景色をもう一度見たくて
スタクモ・ゴンパへ出かけた。

2013年と2014年にお世話になった「ミラズハウス」は、今年度から営業を
休止されていますが、旅行社Mother Earth tours & travels(マザーアース・ツアーズ&トラベルズ))は継続しています。

ご在宅確認はしていないが、せっかく近くを通るのでお訪ねしてみようと、ドライバー君に依頼。
すでに民宿の看板は外してあるので、あたりをつけ道端の小さなお店に尋ねる。
しばらく走って後、下車し木陰から民家を探していたら「●●さ~ん」と背後から声がした。
オーナーご夫婦がわざわざレー方向からUターンして、我々を見つけてくださったのだ。

数分前にすれ違っていたのだがつゆ知らず、道端茶店が「日本人ゲストが探しているよ」と声掛けしてくれたらしい。
小さな村とはいえ、世間が狭すぎるー。
お互いの健在と2年ぶりの再会に大いに盛り上がったが、レーでの所用途中でもあり15分ばかりでお別れした。

ご主人がドライバー君に「あの美しい景色」のポイントを細かく指示してくださったおかげで・・・

遠くの小山頂上が、スタクモ・ゴンパ

曇天だろうが小雨だろうが
旅はいいもんだ、感謝

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ラダック 山岳道路

帰路、レーの町に向けて出発。

前の車に'alone but happy'のステッカー

ドライバー君と「同感!」でハイタッチ

渋滞
いつもだけど、皆のんき顔で待つ

バイクは多かったが、自転車?
後で判明。チャーターしたドライバーと車に自転車を積み、好きな場所でサイクリングを楽しむらしい

ガードレールなんてありゃしない地道を走る。
恐ろしい

また渋滞

何か所かにショベルカーを待機させているのだろう

やれやれ
遥か遠くの眼下に町が

レーの町は停電中。復旧予定は18時とか。ここでドライバー君とはお別れ。
ありがとね。

結局19時復旧するもほとんどの店は閉店。今夜のホテル近くが開いていた。

停電はストライキだったようだ。
ラマユル・レストランで「ほうれん草とチーズのモモ」を食べるはずだったのに~残念

こんな不便でも楽しいのがインド旅。

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ラダック デスキット村を歩く

翌朝は緑のデスキット村を歩く。
村の入り口には大きなマニ車があり、ここから小学校へスクールバスが出発。
インドは小さな村でもスクールバスが走る。

そしておおむね現地語、ここならラダック語、ヒンディー語やチベット語も。そして英語教育は進んでいる印象を持つ。

3人で学校へ行くという。

ん? このチビちゃんは? 学校内に保育園も併設だそうです。

一人の少女ははにかんでうつむくが、実は前歯が抜けているから勘弁して~って

少年も少女もこのキャップ。
行ってらっしゃい

村内は緑の木々も野菜も豊かに育つ。井戸もあちらこちらに

カラコルム山脈からのショク川とヌブラ川が大地を潤す。
地中から水をとる自然水。先にコックがあり無駄にしない

女性4人にも会ったが、高校生だろうか?通り過ぎてから振り返り並んでくれた

村はずれのこの看板はリゾートエリアの前。
経済成長をとげるインドではインド人の観光熱が高く、乗用車もRV車も、特にバイクの若者を多く見かけた。

テントホテルですね。広い駐車場があり大きなテントが幾棟も並んでいた。
帰国後サイトを見つけました。興味ある方はご参考に
Desert Himalaya

のどかで穏やかな村では、おいしい空気と人の温かさでゆったり過ごした。

昼前にはまた5620mの峠を目指し、同じ道でレーへ戻る

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ラダック 緑の谷へ

レーから北へ1泊2日のドライブ旅
標高5620mの峠(カルドゥン・ラ)を越えて、ヌプラの谷へ。
穂高の自宅は620m、有明山が標高2268m、レーの町は3500m。
自宅を出た日から4日後には標高差5000mに立つ。
高山病に悩まされることなく、順調にスケジュールをこなせる。感謝!

あいにく曇天が続くので画像は期待なし。

気を取り直して
さぁ7時30分ホテルを出発。ドライバーはLobzang君24歳。
ゆったりのんびりの若者で、私より英語はずっと達者。

高度をあげて

14時30分峠着。
どこの峠でもタルチョがはためく

青・白・赤・緑・黄の旗は、それぞれが天・風・火・水・地を表現する。

下って16時にデスキット村へ到着した。

中心は車と人がごったがえしており、ホテルは村はずれを探した。

私の部屋は2400Rsだが、ガイドやドライバーは大部屋に集め、格安で泊めるシステムのようだ。
高度成長を受けて外国人だけでなく、インド人観光客も増えている。

暮れるのが19時か20時頃なので、デスキット・ゴンパへ。
岩山に立つ。15世紀ころの建造だそうで、こんな断崖によくぞ・・・と感心する

少し下がったところには2010年建造の巨大な弥勒菩薩像(高さ30m)
開眼法要はダライ・ラマ14世が招聘されて行われたいう。

山を下る坂道で小坊主君に遭遇

4歳の修行僧でした。ラダックでドラえもんに会えるなんて

この地から北のフンダルには砂漠があり、ラクダが放牧されているがドライブだけにしてもらった。
風紋は綺麗だが強風だったので、カメラのレンズへの支障を考えて車外には出なかった。

Lobzang君は「インドの印象が変わるよ」ともっと案内したかったようだ・・・ごめんね。

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ラダック レー滞在

デリー空港はエア・インディアのハブ空港として、2010年7月14日新装開業。
大きすぎて国内線への移動は大変である。

6月6日7時15分、今回も無事に標高3500メートルのラダック/レーの飛行場に降り立ちました。
プリペイドタクシーで、ホテルへ移動。
初めてエクスペディアという総合オンライン旅行会社を利用し、
レー中心地から車で5分の「ホテル カニカ ヒマラヤンビュー」を都合3泊分の予約をしている。

1日目はレセプションのすぐそばの部屋で、設備は悪いしうるさい。
オーナーは、「フルだから・・・あすはビュー側の部屋を用意する」と弁解するが
納得がゆかないまま眠りこけてしまった。

2日目の朝食は庭にて

体調を整えるために付近を散策。

学校へ向かう子供たちと一緒に学校まで。

20分ほどの徒歩で町の食堂でランチを。
レーの旅行会社「ヒドゥン・ヒマラヤ」紗智さんお勧めの「ラマユル・レストラン」にて。

「チョウメンとスープのミックス」と注文したら、トゥクパでした。
「トゥクパ」とはチベットの「五目煮込み麺」

料理はgoodですが、トイレは遠慮しました。

店内で見かけた張り紙

どうも環境問題の提起らしいことは分かったが、帰宅後の宿題になった

レーには日本とラダックをつなぐ
NPOジュレー・ラダックがあります。

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インドひとり旅

久しぶりの一人旅
今回はラダックとデリーから西北のアムリトサル黄金寺院の訪問

ガイドブックの持ち出しを忘れたが、重要なものはコピーしていたので、
まぁ何とかのんびり楽しんできました。

2月から懸案だった白内障の手術予定が6月だったのを、9月に変更しての出発。
予備の眼鏡と今まで不使用だった古い高山病予防薬を、念のために持参した。

余談1
東京~レー間のエアインディア往復チケットとインドビザ申請を
東京のGNHトラベル&サービスにお願いしました。
旅行社の担当の方が北アルプスの遭難事故により亡くなられたことを、レー滞在中に知りました。
そういえば依頼中の会話に、穂高の話から北アルプス登山の計画をお聞きしていました。
帰国後お礼と感想のメールを送るつもりだったので、果たせず残念です。
対応が丁寧ですこぶる印象のよい方でした。

余談2
レー観光中の「ヌブラの谷」と「スタクモ・ゴンパ」訪問のドライバーは24歳。
元サッカー選手の中田英寿さんのそっくりさんでした。
インドではサッカーはまだメジャーではなく「Footballを知っている?」も通じなかった。
はにかみ屋で、悪路には必ず超安全走行で高齢者に優しいドライバーでした。

余談3
スタクモ・ゴンパへは、2014年に通りかかった川と山頂にたたずむゴンパが美しかったので、もう一度訪ねたかったところでした。
2014年6月
今回はあいにく曇天だったが満足でした。

ヌブラの谷。56200mの峠を越えた向こうには「砂漠にオアシス」の景観がありました。

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ラダック 杏の花

土砂崩れのため迂回を余儀なくされたが、地元出身の現地ガイド君のおかげで
無事に目的地カルギルに到着した。

途中で除雪車が見えた・・・やばいなぁ~

小ぶりのモスクが見える。ここはイスラム教信者も多く、青い目の大人や子供もいる地域です

進む

雪かきをしてくださる作業員さん。ありがとう

村に入る

やれやれホテルに着いて
翌朝の景色。とおくに雪山が見えるはず・・・・?

自室のカーテンを開けると、向かいの家に人影。雪下ろしだ

犬の親子が戯れる。

道路閉鎖にあいながら迂回して、村内の杏があるところへ。
添乗員さんとガイド君は「何としても杏のよい景色を」と心くばり。

私は、自然現象だからそれほど頑張ってもらわなくても・・・と思うんだけど
こんな景色をプレゼントされた

雪をかぶった杏と、ポプラと柳

このあと村人からサプライズがありました。

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ラダック 残念の巻

3日目の予定はダーとガルクンいう村を訪ねるはずだった。
ダー村は
頭に花飾りをつけた盛装をする「花の民」と呼ばれる村人が暮らしている。
ガンクン村は
2010年から入域が許された村。
ここでは村内散策、民家訪問が組まれていた。

いくつかの村を過ぎてゆく道路には落石がごろごろあり、不安がよぎる。
先頭車のドライバー、ガイド、添乗員さんが何度も下車して石を除けたり谷へ落としたり。

石が多い時や大きい時は2号車からも3号車からも飛びだして作業する。

万事窮す!
結局スタッフ達の協議により、戻れなくなった時のリスク回避のため、
直進をあきらめることになった。
添乗員さんは「ぜひお連れしたかった。申し訳ありません」
我々ゲストは全員、ここまで粘ってくださった添乗員さんに感謝の言葉をかけた。

見覚えのない民家や車や村人達。別のルートで目的地カルギルを目指しているようだ。
分車なので、情報が入りにくく「ミステリーツア」の気分も味わった。

それでもランチボックスのおかげで満腹。パン、茹で卵、おじゃがのボイルなど

ミステリーもまた楽しからずや!

この後、思わぬ雪景色に遭遇。
一番良い時期と地域を指定してあったのだが、杏の花どころではないよ~

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ラダック 長閑なり~

2日目は、インダス川に沿って西へ標高31655mのアルチ村に到着。
お寺見学と村内散策。

なかでも村人たちの耕作風景に感動。

日本の田植え唄のように掛け声をかけながら、牛に気合いをいれます

高い岩山に声が飛んでゆき、木魂のように戻ってきます

しばし休憩?

隣の畑では起耕しながら牛の後ろに「種まく人」

同じ筋を戻り、2度も種をばらまいています

さぞかし緑いっぱいの葉物野菜が出来るのでしょうか?
それとも日本と違って、いきなりモミを播いてお米を作るのかしらん?

各地の田畑の風景を思い出すと
男性は男性グループで作業し、女性は老若女性または母娘らしきチームで仕事していた。
お米倶楽部 畑倶楽部かもしれないな。
聞いておけばよかった!