外出先の夫から届いた本日の松本城

9月30日
89歳で転居することになった母は、京都駅9時25分発の”しなの9号”で新しい旅立ちをして安曇野市民になりました。
リハビリが始まった当初から、自宅へ戻り以前のような気ままな生活を夢みていた。
なんとか歩けるようにはなったが、主治医の先生から
「一人暮らしは無理だねぇ。もうゆっくりしたらどうですか」
と諭され観念した。
見学して気に入った地元のホームへ入居しようと決断したものの、いかんせん長野は遠い。
3ケ月も身近に接していると急に寂しくなったのか、決断をした翌朝私の携帯電話に、
小さな声で「一緒に長野へ行きたい」・・・・熊はもう頭にいないのだな。
予約を入れたり断ったりふた悶着の末、安曇野市内の住宅型老人ホームに落ち着いた。
私ならここで暮らしたいと思える施設から、8月上旬空き情報の連絡があったのを母は断ってしまった。
そして落ち着いた別のホームで、みなさんから歓迎を受けて9月30日の午後入居したというわけ。
旅の疲れもなく、さほど哀しそうでもなく、おそらく「なるようにしかならん」と覚悟したのだろう。
さいわい10畳の個室なので、馴染みのタンスや父のお手製ラックなどを持ち込んだのがよかったのか、
朝焼けの美しさに感動したのか、10月1日は爽やかな顔をしていた。
自宅整理の際いろいろなものを見つけたが、ずいぶんキチンと管理していたのには感心しきり。
見習いたい。
そしてこれからの生活に、つかず離れずそっと寄り添ってゆこう。
私自身の新生活でもある。
良かったですね
住み慣れた町で最後まで暮らすというのが理想ではありますが、自分で自由に動けなくなったら、やっぱり、近くに身内が居るほうが安心でしょう。
それが信州長野なら、私ならば喜んで…です(笑)
川の流れのように
新再生活?私も両親とは別に生活しているので、ひょっとしてまた同居が始まれば30年以上経つのか・・・
そんなことをふと思いました。人生ってほんと・・川の流れのように・・・。いい流れでお母さんは幸せですね。
住めば都?
ひらりんさんありがとうございます。
長い大阪暮らしから、老娘がいようともやはり大変な決断だったと想像します。
しかし翌朝の東山に見えた朝焼けに感嘆の声をあげ、水が美味しいと喜び、牛乳が実に旨いと話すようになったので、ひとまず安心しました。
美しい流れに
夫を亡くして29年、地域の方々に支えられて一人で頑張ってきました。
てこずったりうんざりしたこともありましたが、母の気持ちを尊重し根気よく誘導できたのが、すこしでも良い川の流れを得たのかもしれません。
入院中の看護師さんや相談員さん、市の高齢社会室の方に本音で相談できたこと、などなど励みになりました。
お疲れ様です
どうしてはるのかなぁ~と少々気になって
おりました。
朗報!と言っていいですよね。
安曇野をもっともっと好きになって頂けたら
いいですね。
この度は蔵くら様を通して私も近い将来に
ついて考えさせられました。
そのうちお母様にもお会いしたいです♪
愉快な笑い話にして介護を楽しみましょうね!
我が95歳の実母も、今だ新聞を読み俳句誌を楽しんでいます。シッカリした部分と年相応の困った部分が混在しているので、難しいです。人様は「シッカリされていて、寝たままになるより、幸せよ」とは言ってくださいますが。デイサービスに朝出掛けるのが本人も大変なので、住居型有料老人施設においてもらい、社会性の維持につとめています。お友達や職員さんと話せることがとても老化防止になっています。時々我が家に連れ出し満足感も味わってもらって来ました。が、ここに来てそれが難しくなってきました。施設に戻りたくない、ずっと家に居たい気持ちのせいか、デモンンストレーションが激しくなってきて、心理戦が私としても辛くなっております。施設に戻る前に、先週は松本花月のレストランに食事に行きました。「松本にも神戸みたいなこんな立派な所があるんかいな!死ぬまでにもう一回位来たいなあ」と言うので「(失礼な!)神戸よりいいとこいっぱいあるわよ!」と言ってしまいました。あんまり喜んだので、今回(明後日)は鯛万レストランを予約致しました。(私達も行ったことないです)
鯛万に行って来ました!
とっても優雅なレストランで母は大喜びでした。しかし、やたらと「冥途の土産話に」を連発。出てきた料理は全部完食。まあお高くて、95歳の老人が完食出来る位のお上品な量ではありました。まちがって滴らせた様なおソースは、あまりに少しで、美味しいと味わえる量が無く、パンで拭いて口に入れてみましたが、美味しい様な気がしたかな~安曇野産のお野菜も、あまりに少しで、美味しいと味わえない内に喉にいってしまいました。しかし、シャランの鴨肉はおいしゅうございました。「はなまるうどん」と「くるくる寿司」愛好家の私達には、あまりに……
結果、母の言う「冥途の土産話」に一回きりになりそうです。母は偉い!
Unknown
quiriさん、お知恵をいただいたり、励まして頂いたりありがとう。
”ごたいめ~ん” きっと何時か実現しましょうね。
聞いた話とちゃうやん!と嘆かないでください。
老人研究会(名前検討中
老人 一人暮らし を プログ検索中です
介護も大変かなぁ。自分の身の回りができない
独り暮らしも 恐怖ですね。馴れない ホーム施設も 恐怖というか~。
京都から長野 遠いですね。
自然体
老人研究会村石太キッド様
コメントを頂きながら、遅くなりました。
母は骨折もなく入院もなければ、やはり一人で気ままに暮らしたかったと思います。
介護保険も利用せず、気をつけながらバスに乗り、地域活動のお招きにも、出来る限り出かけていたようです。
ホーム暮らしはそれなりに慣れてきて、集団で動くことを好まなかった母でも、最近は施設内のレクリエーションタイムに参加しております。
お仲間と部屋の行き来はしていないようですが、食事のあとなど談笑しているようで、地元情報を入手して教えてくれます。
部屋は最近では個室が主流ですから、自由度は高いといえますね。
介護保険を上手に利用すれば、案外楽しい老後生活のひとつの選択肢だと思うようになりました。
「なるようにしかならん!」から「ここが終の棲み家か!」と感じるまで、およそ1ケ月半でしたね。
環境やスタッフとの縁も大きいと思います。
事前見学は”複数”必須ですね。